県内処分あり得ない 「福島の農業が終わる」【風評の現場】(1)

2020/09/03 16:40

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イチゴの手入れをしながら風評を乗り越えた経緯を語る降矢さん
イチゴの手入れをしながら風評を乗り越えた経緯を語る降矢さん

 東京電力福島第一原発事故から間もなく九年六カ月となる。政府と東電は事故発生後三十年から四十年で廃炉を完了させるとしている。原発敷地内では放射性物質トリチウムを含んだ処理水が増え続け、タンクの設置場所も残り少なくなってきている。処分方法の決定が迫る中、県内各地で風評を懸念する声が相次ぐ。農業や漁業に携わる人々、避難者や若者ら、県民の思いを追う。

 「風評被害が起きるたび、『乗り越えるしかない』との思いでやってきた。並大抵ではない決断や取り組みが必要だった」。郡山市東部の田村町川曲で、降矢農園を営むうつくしまふくしま農業法人協会長の降矢敏朗さん(69)は穏やかな表情ながらも、強い口調で話し始めた。

 この四半世紀の間に病原性大腸菌O157、東京電力福島第一原発事故の影響で二度も農園が存続の危機にひんするほどの風評被害に見舞われた。「分からないモノ」への恐怖が消費者、社会にもたらす見えない力にあらがおうと、主力作物の一新や栽培技術の向上などを重ねてきた。

 困難を乗り越えてきた今、放射性物質トリチウムを含んだ処理水の処分方法に三たび、懸念を抱く。本県沖や本県の大気中に放出されれば、県産品は消費者から見放される。

 「『三度目の風評』が起きた時、福島の農業は終わってしまう」

   ◇    ◇

 一九九六(平成八)年、病原性大腸菌O157による「カイワレ騒動」が起きた。国の根拠の乏しい発表によって原因とされたカイワレダイコンの売り先がなくなった。売り上げが十分の一になったが、独自の大腸菌検査、栽培品種の多角化などで農園を守った。

 二〇一一年に起きた原発事故では放射性物質の影響で生産中止を余儀なくされた。トラックいっぱいに積まれたミョウガを捨てなくてはならなかったつらい日々が忘れられない。生産再開後も風評で多くの販路がついえた。

 活路を見いだそうと、九州や四国まで視察に足を運んだ。産地ごとの生産量、消費者の需要など膨大なデータも参考にしながら、夏場を含めたイチゴ栽培を決意した。精度の高い放射性物質の検査機器を導入し、出荷前の検査とホームページでの公表を続けた。販路を取り戻しながら、夏のイチゴは「福島産」でも競争力が確保できる品目に成長した。

 「変革しようとする姿勢、消費者の目線に立った取り組みが欠かせない」。風評を相手に得た教訓だ。

   ◇    ◇

 十年間、不断の努力を重ねてきても原発事故の風評は完全に解決されていないと感じる。いったん他の産地で埋まった店の棚に、県産農産物が並ぶまでに戻っていない。「数値で『安全』は訴えられるけれど、『安心』まで至らない人が多くいるのも事実」と本音を明かす。

 傷が癒えない中、処理水の処分が本県で行われる事態になれば、これまでの十年間が無駄になるのではないかとの不安は消えない。

 つらい風評を経験してきたからこそ、「まず県内での処分はあり得ない」と強調する。「風評対策を含めて国は福島をないがしろにしているようにしか感じられない。日本全体の問題として議論を進めてほしい」。自らの経験から国に注文する。