無常迅速(2月21日)

2021/02/21 09:08

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 それは二月十三日、バレンタインデー前日のことだった。私はTVでオリ・パラ組織委員会の森会長辞任劇を眺めつつ、ありがたいチョコなど頂き、それから郡山まで車でお通夜に出かけたのである。

 コロナのせいで身内だけ、しかも全員がマスクを着けての儀式。むろん会食はないから戻りは割と早かった。うがい・手洗い励行のうえ女房と一緒に夕食を摂[と]り、さて二階で「日曜論壇」の原稿を書こうと机に向かった。たぶん十一時頃ではなかっただろうか。

 私はコロナによるオリンピックへの不安が、森氏への批判へと爆発していった心理状況について書こうと思っていた。書きだしてまもなく、目の前のパソコンの画面が大きく揺れだし、周囲では本棚から本が飛びだし、あちこちで大きな音がした。背後の音がプリンターの落下によるものだと知ったのは翌日のことだった。とにかくその時の私の内部には、東日本大震災の揺れが甦[よみがえ]り、長引くにつれて恐怖さえ感じた。

 揺れが収まらないうちに階下に降りると、女房は薪[まき]ストーブの上の鉄器から零[こぼ]れた床の水を拭いていた。一緒に本堂まで被害状況を探索しに行くと、玄関の「無常迅速」と書かれた額が落ちてガラスが一面に散らばり、またあちこちに天井裏の煤[すす]が散乱していた。

 ちなみにその頃、お通夜の当家は故人の入った棺[ひつぎ]を押さえ、祭壇や花瓶を皆で支えていたらしい。そして偶々[たまたま]だが、喪主はエレベーターの維持管理業者であったため、その後メールや電話が百件以上入ってきたそうだ。最近のエレベーターは震度4程度で自動的に止まり、再稼働は点検のうえ手動で行わなくてはならないという。

 お互いの長い夜の始まりだった。翌朝は本堂での法事もあったため、私は本堂全体に掃除機をかけ、女房は額が落ちた玄関を片付け、庫裡全体にも掃除機をかけた。あとで聞くと、たいていの葬祭場の職員も、倒れた祭壇や花の片付けで、三時四時まで働きづめだったらしい。そしてこの場合は喪主も、会場を抜け出してあちこちのエレベーターを点検に行っていたのである。

 玄関には「無常迅速」の額が横たわる。先は見えないが迷っているヒマはない。翌朝見廻[みまわ]ると、お地蔵さんも三体倒れて首が折れ、お墓も複数ズレていた。なんとか無事に法事を終え、復旧もそこそこに葬儀に出かけたが、喪主は私が到着したあと現場から戻ってきた。挨拶[あいさつ]に来た喪主から一連の話を聞いたのだが、「本当はお葬式どころじゃないんです」と言われ、思わずマスクの中で笑ってしまった。さすがに「私もです」とは言わなかったが、お互いやるべきことが縦一列に並んでいる気がした。

 組織委員会のことなど正直どうでもよくなっていた。予定していた原稿も結局こんな内容に変わってしまったのである。(玄侑 宗久 僧侶・作家、三春町在住)