【震災・原発事故10年ルポ】平穏な日常が一変 田村市都路町 空き家活用方策探る

2021/02/14 22:29

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田村市都路町の住民が避難したデンソー東日本(現デンソー福島)=2011年3月中旬(坪井法彦撮影)
田村市都路町の住民が避難したデンソー東日本(現デンソー福島)=2011年3月中旬(坪井法彦撮影)
原発事故後、田村市都路町に点在する空き家=2021年1月
原発事故後、田村市都路町に点在する空き家=2021年1月

■震災当時田村支局長 坪井法彦

 「原発が危ないらしい。今、大熊町の避難者を受け入れています」。「3・11」翌日の十二日、田村市職員の情報提供を受け、急いで完成直後の市総合体育館に向かった。こけら落としとして十三日に「NHKのど自慢」が開催される予定だった会場にはブルーシートが敷かれ、着の身着のままで不安そうな大熊町民らであふれていた。

 急いで場内を写真に収め、取材を始めた。実際に何が起こっているのか分からないままの取材で私自身、とても混乱したことをよく覚えている。十二日は東京電力福島第一原発から二十キロ圏の市内都路町にも避難指示が出された。全町民約三千人が操業を間近に控えたデンソー東日本(現デンソー福島)などに身を寄せた。平穏だった日常は一変した。

   ◇  ◇

 都路町は原発事故に伴う全ての避難指示が解除されて四月一日で丸七年を迎える。町の人口は二〇二〇(令和二)年十二月末現在、二千百七十七人で、このうち千九百六十一人が町内で生活を再開している。町の六十五歳以上の高齢者は九百八十五人で、高齢化率は45・2%に上る。原発事故直前の町の高齢化率は32・7%。帰還率は九割を超えるが、働く場を失うなどした若い世代が町を離れ高齢化、過疎化が急速に進んだ。住民からは「このままでは高齢者が住民の半数以上を占める『限界集落』になる」と心配する声も聞かれる。

 震災後約四カ月で診療を再開し、地域医療を支えている市立都路歯科診療所長の渡辺慎也さん(53)は「都路には若い力がほしい。だが私自身、家族の事情などを考慮し市内船引町に移住した。住民それぞれに事情がある」と複雑な状況を明かす。

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 農地再生やクラフトビール製造会社立地など、町には復興のつち音が響く。

 一方、町内には空き家も目立つ。市都路行政局によると、空き家や空き別荘は百棟以上あり、市に譲渡や売却を依頼する持ち主も多いという。市都路行政局長の渡辺一智さん(60)は「若い世代に定住を働き掛け、過疎化を食い止めたい。雇用の場を確保する企業誘致とともに、空き家対策にも努めたい」と力を込める。

 新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークが広がる中、里山暮らしを楽しみながら働く「新しい生活様式」を提案し、若い世代を呼び込む手もある。持続的な地域をつくるために官民が知恵を出し合い、難局を乗り越えてほしい。(現地域交流局編集委員)(2021年02月14日)