「古里にリーダーの原点」 大八木駒大陸上競技部監督、高島サッポロビール社長対談

2021/03/10 08:15

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諦めない大切さを県民に伝えた大八木監督(左)と高島社長
諦めない大切さを県民に伝えた大八木監督(左)と高島社長
大八木弘明氏
大八木弘明氏
高島英也氏
高島英也氏

 1月の箱根駅伝で13年ぶりの総合優勝を果たした駒大陸上競技部の大八木弘明監督(62)=会津若松市河東町出身=、特別協賛企業として同駅伝を支えるサッポロビールの高島英也社長(61)=伊達市保原町出身=が福島民報社のインタビューに応じた。陸上界と飲料業界をけん引する福島県生まれのリーダー2人が「人づくり」「ものづくり」について意見を交わし、東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から10年となる古里の人々にエールを送った。


■進歩には変化必要

 駒大陸上競技部監督 大八木弘明氏(会津若松市河東町出身)


■成功体験を自信に

 サッポロビール社長 高島英也氏(伊達市保原町出身)


 -それぞれ高校生まで福島県で学び、育ちました。自身の礎となった教えはありますか。

 大八木氏 今の自分があるのは高校の顧問の先生のおかげですね。中学の全国大会3000メートルで5位だったんですが、高校では練習のやり過ぎで右大腿部を疲労骨折しました。治ったら今度は貧血。それでも先生は私を見捨てず、実業団の小森印刷(現小森コーポレーション)を紹介してくれました。選手のため情熱を持って本気で接しないと伸びない-。指導の原点が福島にあります。

 高島氏 やはり家族から学んだことは多いです。77歳まで木や炭を売る仕事に励んだ祖父がよく言っていた「元気があれば何でもできる」という言葉は、今も社内で使います。ラグビーを始めた大学1年生の時は「虚弱児」があだ名でしたが、3年生でチーム一の力持ちになりました。家族や高校までの先生らに教えられた「地道に積み重ねれば何とかなる」という考え方が染み付いてます。

 -大八木監督は大学三大駅伝23勝の実績があります。選手育成では特に何を意識していますか。

 大八木氏 口だけではなく、「行動に表せる本気」を一番重視しています。私が36歳でコーチに就いた時は、箱根駅伝出場も微妙なレベルでした。規則正しい生活を徹底し、目的意識を持ったチームづくりを心掛けました。2年目の箱根駅伝で狙い通り復路優勝を果たしました。初のタイトル獲得が大きな自信となり、5年目での総合優勝につながりました。

 -1月の箱根駅伝は10区の大逆転劇がありました。諦めず目標に向かう姿勢を、練習でどう育んでいますか。

 大八木氏 設定タイムなど、自ら決めたことを最後までやり通すことを大事にしています。私は今回、9区の時点で「あーこれは2番だな」と思いました。それでも10区の選手には「区間賞を取って昨年のリベンジをしよう」と伝えました。最後まで諦めない大切さを改めて教えてもらいました。

 -サッポロビールの主力製品「黒ラベル」は6年連続で売り上げが伸びています。成果を上げた過程で高島社長が感じた、社員づくりに必要なことは。

 高島氏 人のマインドをどう上向きにできるかが大事です。取締役経営戦略本部長に就いた2009(平成21)年当時、「黒ラベル」は社内で落ち目のブランドでした。そこで、商品を再定義して「大人の生(なま)」というメッセージを打ち出しました。自分たちにしかない世界をつくろうと考えたのが、俳優の妻夫木聡さんが出演する「大人エレベーター」のCMです。売れるようになると自信がつくんですよ。「黒ラベル」の成功体験が社員を元気にしています。

 大八木氏 新しいものを取り入れて常に進歩しないと駄目ですよね。ここ何年かは新しく開発された靴をほとんどの選手が履いて、駅伝でもすごく記録が伸びました。その靴を生かす力を付けさせるのが指導者なんですが、私は2、3年遅れていたんですよ。戦略を持って取り組まないと、生き残れないと感じました。

 高島氏 私も、迷ったらとにかく経営理念に立ち返ります。時代ごとに情報の質や伝える技術、人も変わる。それに合わせて経営理念の理解の仕方も進化しています。信念を変える必要はないし、歴史はお金では買えません。それを自分たちのエネルギーとしてどう還元するか。存在意義があるかどうかが自信のベースになるのです。

 -福島県出身の強みとして感じる部分は。

 大八木氏 私は会津の生まれで、ずっと「ならぬものはならぬ」と言われてきました。信念を持つのはいいですが、信念を貫き通す方が大変だし、大切かもしれません。人間力が向上しないと競技力は伸びません。協調性と主体性、素直さと自分の意志の強さのバランスが必要です。

 高島氏 いつの頃からか「福島県出身」というと我慢強いイメージがある気がします。大八木さんは駒大1年生の時に箱根駅伝の山上りを経験されています。それから初代「山の神」が今井正人選手(トヨタ自動車九州、原町高出身)、2代目が柏原竜二さん(いわき市出身)。何か大きな目標に向かって、こつこつやり遂げる力が県民にはあると私も信じてきました。

 -震災から10年。福島県はいまだ復興途上です。県民へのメッセージをお願いします。

 大八木氏 まだまだ完全復興ではなく、これからが大変かと思います。諦めない気持ちで一つ一つ変えて、頑張っていただきたい。僕らは県民が楽しんでくれたり、勇気づけられたりするよう、スポーツができることを本気でやって、恩返ししたいです。

 高島氏 県民一人一人が少しでもいいので、自分の心を美しくしよう、と意識するのが大切かと思います。福島の人にしかない感性を生かし、世界の復興のお手本になっていただきたいです。3月末で社長を退任しますが、引き続き福島には関わっていきたいと思います。


 おおやぎ・ひろあき 会津工高出身。小森印刷(現小森コーポレーション)に進み、24歳で駒大経済学部第2部に入学した。川崎市役所で働きながら練習し、箱根駅伝は1年時に5区区間賞。2、3年時は2区を走り、区間5位、1位。ヤクルトで活躍し、1995(平成7)年から駒大陸上競技部コーチに就任。助監督を経て2004年から監督。教え子には東京五輪男子マラソン代表の中村匠吾(富士通)らがいる。


 たかしま・ひでや 福島高出身。東北大農学部を卒業し、1982(昭和57)年にサッポロビール入社。2007(平成19)年3月に仙台工場長となり、取締役執行役員経営戦略本部長、常務執行役員北海道本部長、ポッカサッポロフード&ビバレッジ取締役専務執行役員を歴任した。2017年1月からサッポロビール代表取締役社長を務めている。3月末に退任し、サッポロホールディングス顧問に就く予定。