【福島医大の挑戦】(7)「双葉郡の医療再生」 救急体制立て直す 医師派遣や診療助言

2021/03/27 14:06

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救急の空白地帯となった双葉郡に医師を派遣する仕組みづくりに注力した斎藤氏
救急の空白地帯となった双葉郡に医師を派遣する仕組みづくりに注力した斎藤氏
古巣の後押しを力に、被災地の医療再生の最前線に立つ谷川氏
古巣の後押しを力に、被災地の医療再生の最前線に立つ谷川氏

 福島医大は東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に伴い「空白地帯」となった双葉郡の救急医療の再生に尽くしている。二〇一六(平成二十八)年に「ふたば救急総合医療支援センター」を学内に組織したのを機に支援の在り方を徐々に充実させてきた。

 郡内では県立大野病院など震災前にあった病院が休止し、救急患者の搬送時間が長期化していた。福島医大は富岡消防署楢葉分署に救急医や看護師、救急救命士ら救急班を待機する仕組みを構築。救急現場に急行して初期治療や搬送先の選定に当たり、治療開始までの所要時間の短縮と救命率の向上につなげた。県が設置したふたば復興診療所(ふたばリカーレ)にも医師を派遣し、帰還住民の心身の健康を支えた。

 二年後の二〇一八年に県立ふたば医療センター付属病院が富岡町に開院すると、医師の派遣先を同病院に移行した。福島医大付属病院長として派遣調整に携わり、現在はふたば救急総合医療支援センター長を務める斎藤清(65)はこの派遣システムについて「医師が足りない他の地域のモデルになる」と胸を張る。

 県立ふたば医療センター付属病院は「二十四時間三百六十五日」の救急対応を掲げた。実現には福島医大からの人材供給が欠かせないが、大学で先進医療を学び、専門性を磨こうとする人材を長期的に双葉郡に常勤させるのは難しい。そこで、ふたば救急総合医療支援センターの医師に加え内科系・外科系の十一診療科や広島大に協力を求め、一日当たり二人を交代で送る仕組みを築いた。

 斎藤は「復興を医療面から支えることは医大の歴史的使命だ。二十年、三十年先も双葉の医療を支援し続ける」と誓う。

   ◇   ◇

 「双葉郡の医療への思いが3・11直後から心の中にあった」。福島医大副理事長としてふたば救急総合医療支援センターの開設や避難地域の医療体制の再生に奔走し、二〇一九年に県立ふたば医療センター付属病院長に就いた谷川攻一(64)は自身の歩みを振り返る。

 谷川は震災直後に広島大からの支援者として本県に入り、原発事故で避難した人が体調を崩して亡くなる現状を目の当たりにした。一度は広島大に戻ったが、福島への思いを捨て切れず二〇一四年に福島医大に移った。開院から三年が過ぎた付属病院で二人だけの常勤医として奮闘する。

 谷川は「限られた医療資源で救急医療をどう機能させるか」という問いと向き合ってきた。付属病院は乳幼児から百歳以上のお年寄り、骨折などのけが、精神疾患まで多様な患者を診ている。持病を抱える高齢者や遠方から単身赴任中の作業員らには退院後の介護や治療方針も視野に入れた診療が必要となる。

 当直医が専門外の症例を診療する場合も珍しくなく、判断に迷う際には福島医大の専門医から助言を得るなどして対応している。医師派遣に加え、遠隔読影などの後方支援を含む組織的な後押しがこうした臨機応変の対応を支えている。谷川は「医大の医師が双葉郡の患者や救急現場の実情に触れることは有意義だ」と強調。「この地域の医療を支えようという人材を育て、地域のニーズに応える病院を目指す」と将来を見据える。

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 震災と原発事故から三月で十年が経過したが、県内の復興は道半ばだ。医療分野でも放射線による影響の分析や不安の解消、被ばく医療体制の強化、被災地の医療再生と数々の難題が横たわる。福島医大の医療者は「県民の命と健康を守る」との使命を胸に、解決に向けた模索を続ける。(文中敬称略)


=おわり=