小説「流転の中将」 作家奥山景布子さん、幕末の桑名藩主松平定敬描く

2021/06/26 17:46

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「流転の中将」
「流転の中将」
定敬の生きざまを描いた奥山さん。現在は高須四兄弟を取り巻く女性の短編に着手した
定敬の生きざまを描いた奥山さん。現在は高須四兄弟を取り巻く女性の短編に着手した

 幕末の会津藩主松平容保(かたもり)の弟で、桑名藩主を務めた松平定敬(さだあき)。容保とともに幕府に尽くしたが朝敵にされ、戊辰戦争中は各地を転々とした。時代の激流にあらがう定敬の数奇な運命を、作家奥山景布子さんが新著「流転の中将」で活写した。奥山さんに執筆の思いを聞いた。

■足跡に光

 定敬は一八四七(弘化三)年に高須藩主の八男として生まれた。養子となって桑名藩を継ぎ、容保の京都守護職時代に京都所司代を務めた。尾張藩主となった兄の慶勝と茂栄、容保とともに「高須四兄弟」と呼ばれる。鳥羽伏見の戦いが起こると大坂城を抜けだし船で江戸へ向かう最後の将軍徳川慶喜に従った。物語はこの場面から始まる。

 「定敬は戊辰戦争のころは二十代前半の若者。若くしてさまざまな決断をしなければならなかったことに驚いた」。前作「葵の残葉」で慶勝を軸に四兄弟を描いた奥山さん。特に定敬は新政府へ長く抵抗したにもかかわらずその足跡があまり知られていないのではないかと感じ、筆を執った。

■身近に

 定敬不在の国元では、御勝手惣宰(国家老)酒井孫八郎が主導して定敬の隠居を決め、多くの家臣が新政府へ恭順した。一方、江戸に戻った定敬は桑名藩の飛び地を統括する越後柏崎へ移り謹慎したが、降伏に納得しない家臣もいる。

 我らになんの罪があるというのか―。定敬は家臣を引き連れ会津若松へ移るが、城下に戦火が迫ると援軍を求めるため米沢へ。援兵の願いはかなわず、仙台で榎本武揚の軍艦に乗り箱館へ行き着く。

 「高須四兄弟はいずれも手放しで肯定される人ではない。個人的な魅力を盛り込められたらいいと思った」。奥山さんは多彩な史料を読み解き定敬を向学心があり好奇心旺盛だったと解釈した。賛否両論ある決断をした定敬の心中をより身近に考えられるよう、胡弓(こきゅう)を奏でる趣味人の側面を描いた。箱館では英語を習得しようとする姿を描写し、生身の定敬を浮かび上がらせた。

■もがき

 国元の酒井は定敬を説得するため苦労して箱館へ渡る。しかし、箱館陥落が近づくと定敬は脱出、その後、中国の上海に逃れたという説を採用した。

 「人が生きるってのは、そもそも悪あがき」「潔いとか、粋だとか、そんなのは、後から他人が決めることです」

 上海で単身過ごす定敬にある男が声を掛ける。身の回りの多くを周囲がお膳立てした殿様の身分を離れ、人間としてどう歩むか。物語は山場を迎える。

 「新しい世の中はさまざまなもがきがあって成立した。痛い目を見た側が全否定されるのはおかしい。(定敬らが)どれだけ精いっぱいだったかを書いた」

 定敬は程なく降伏。明治時代は日光東照宮宮司などを務め、一九〇八年に人生を閉じた。

 人が生きるとはどういうことか。荒波の中を前進しようとした定敬と家臣たちの姿を通して、読者に問いを投げ掛けている。

    ◇  ◇

 おくやま・きょうこ 1966年愛知県生まれ。名古屋大文学部卒、名古屋大大学院文学研究科博士課程修了。2007年に「平家蟹異聞」でオール読物新人賞、18年に「葵の残葉」で新田次郎文学賞と本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。「寄席品川清洲亭」シリーズ、「時平の桜、菅公の梅」「秀吉の能楽師」など著書多数。「流転の中将」はPHP研究所刊、1980円。