【富岡の震災施設】町の「遺伝子」を残す(7月24日)

2021/07/24 10:32

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 「とみおかアーカイブ・ミュージアム」が富岡町役場そばに開館した。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の風化を防ぎ、町の歴史と文化を伝える目的で町が建設した。震災遺産にとどまらず、有史以前からの町の成り立ちを豊富な資料を駆使して展示・解説しているのが特長だ。郷土の「遺伝子」を何としても残そうとする執念を感じさせる施設となっている。

 町は福島大と連携して、全町避難後の民家から古文書など膨大な文化財を運び出したが、保存・活用方法が課題となった。収蔵場所として空き店舗や学校の利用、歴史民俗資料館拡張などの選択肢を検討した結果、新しい施設整備が妥当との結論に達し、二年前に着工した。アーカイブ施設開館に伴い、歴史民俗資料館は廃止された。

 施設概要を決めるのに際し、町は町民とのワークショップに百時間以上を費やし、とことん議論した。二〇一五(平成二十七)年の第二次復興計画にアーカイブ施設整備を明記、震災遺産保全宣言、震災遺産保全条例などを通じて町再生の柱に位置付けた。合意形成に手間をかけたかいあって、「町の歴史を残してもらえてうれしい」「家を解体するので収蔵してほしい」と資料提供に協力する町民が増えていったという。収蔵品は合わせて約五万点に上る。

 動植物と自然、縄文時代の暮らし、いわき地方を地盤とする岩城氏と相馬氏の抗争に踊らされた戦国時代、太平洋戦争終結以降の地域開発の状況など流れがよく分かる。今では多くの建物が解体され空き地の広がる中央商店街の模型、津波を受けたJR富岡駅の改札、災害対策本部の再現コーナー、六号国道の歩道橋に掲げられた「富岡は負けん!」の横断幕なども並ぶ。

 震災に至る前史に十分な展示スペースを割いたことで、町民でなくても町への理解が深まる。同時に失われたものの大きさと原発事故の罪深さが迫ってくる。町民の心のよりどころと共に、町民と震災後に移り住んだ新住民の交流の場になるといい。先人の苦労、まちづくりへの決意を共有できるはずだ。

 収蔵庫内部や資料を整理する学芸員の姿を窓越しに見学できるようになっている。立ち入り禁止が一般的な博物館施設の裏側を目にできるのは珍しい。防災教育や災害研究者の実習の場としての利用が期待され、町は全国の教育機関に視察を呼び掛けている。学術・教育面の利用が増えれば、関係・交流人口の拡大や町の発信力強化にも寄与するに違いない。(鞍田炎)