【JR只見線全線開通50周年 地域つないで(中)】観光振興に大きな力

2021/08/27 15:20

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只見線の写真を撮り続ける星さん
只見線の写真を撮り続ける星さん
新潟・福島豪雨の当時、濁流にのまれる第4只見川橋りょう。星さんが撮影した=2011年7月30日
新潟・福島豪雨の当時、濁流にのまれる第4只見川橋りょう。星さんが撮影した=2011年7月30日

 人々の生活を支え続ける只見線は半世紀の歴史を刻む中で、会津地方にとって欠かせない観光資源としても存在価値を確立した。乗車して楽しむ人も多いが、被写体としての人気も高い。会津に観光客の足を運ばせる大きな要因となっている。

 只見線の魅力にとりつかれた一人が奥会津郷土写真家の星賢孝さん(72)=金山町=だ。約二十五年前から只見線を撮り続け、年間三百日以上、レンズを向ける。「奥会津の風景は世界のどこにも負けない。そこに只見線の列車が写り込むことで、写真に魂が入る」と語る。他の鉄道は撮らない。只見線への愛着があるのはもちろんだが、それだけが理由ではない。奥会津に人が来てほしい-。その思いがシャッターを切らせる。

 会員制交流サイト(SNS)や海外での写真展などで星さんの作品は広く知られることになった。その写真に魅せられ、国内外から只見線と奥会津の写真を撮影に訪れるファンは多い。最高の一枚をカメラに収めたいと何度も足を運ぶ人も目立つという。観光振興に大きな役割を果たす只見線を、星さんは「鉄道の枠を超える希有(けう)な存在」と評する。

 その只見線に甚大な被害をもたらしたのが二〇一一(平成二十三)年七月の新潟・福島豪雨だった。星さんは金山町に架かる第四只見川橋りょうが濁流にのまれる様子など、普段の美しい風景とは一変した姿を写真に収めた。「自分の写真が今後の防災対策に役立ってほしい」とも望む。

 豪雨から十年、着々と進む復旧を見守ってきた。今年の全線開通五十周年、来年を予定する全線再開通、そしてその後も、この路線と共に歩むつもりだ。「只見線、第二の出発の時だ」。カメラを持つ手に力がこもった。