【山城サミット】歴史観光に期待(9月2日)

2021/09/02 09:27

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 桑折町で十月三十、三十一の両日に開かれる「全国山城サミット桑折大会」まで約二カ月となった。県内では初めての開催で、一五三二(天文元)年ごろに築かれた伊達氏の居城、国史跡「桑折西山城跡」などが舞台となる。伊達地方には伊達氏関連の史跡が数多く残る。山城サミットを機に、歴史観光と農業などを絡めた地域振興に取り組んではどうか。

 歴史をさかのぼると、伊達氏は鎌倉政権と奥州藤原氏による一一八九(文治五)年の奥州合戦後に誕生した。戦功のあった中村常陸入道念西は源頼朝に伊達郡を与えられ、名字を改め、伊達朝宗[ともむね]を名乗った。伊達地方はまさに伊達氏発祥の地といえる。

 西山城は桑折町中心部西側の小高い山(一九三メートル)にある。仙台藩祖政宗の曽祖父にあたる伊達氏十四代稙宗[たねむね]が築き、梁川城(伊達市)から本城を移した。本丸には稙宗が政治を行った建物の間取りが復元されている。領国内での訴訟の公平性を確保した法令「塵芥集[じんかいしゅう]」は、この場所でまとめられたとされる。

 中館と西館の出入り口は土を高く盛った土塁で「L字形」をしている。織田信長が一五七六(天正四)年から築いた安土城(滋賀県)以降の城に見られる新しい技法という。西山城は伊達家の内乱「天文の乱」の後、一五四八年に廃城とされており、戦国時代に再び利用された歴史が見えてくる。二つの館の間には深い空堀の跡がはっきりと残っている。城郭考古学者の千田嘉博氏は「これほどの規模の空堀が見られるのは全国屈指」と評価する。

 山城サミットでは西山城見学会、伊達市や国見町に残る伊達氏ゆかりの地を巡るバスツアー、千田氏と落語家の春風亭昇太師匠の歴史トークが予定されている。全国山城サミット協議会の総会も開かれ、城を生かした地域活性化などについて情報交換する。

 会津地方に比べ、伊達地方の歴史の認知度は高いとはいえない。伊達、桑折、国見の三市町は全国規模の催しを機に、伊達氏観光をテーマにした歴史のルートづくりや広報の連携を強めてほしい。幸い伊達地方にはモモやあんぽ柿など全国区の農産物がある。農業と歴史を組み合わせれば、新たな観光の振興につながるはずだ。

 山城サミットには全国からの来場者を見込んでいたが、新型コロナウイルス感染症が再拡大する中、町は内容の見直しや調整を続けている。対策に万全を期し、伊達地方の未来のためにも、ぜひ成功させてほしい。(湯田 輝彦)