戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―

【戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―】第1部・帰還困難区域(1) 失われた「津島松」 10年、手つかずのまま

2021/12/23 09:59

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浪江町津島地区赤宇木に生い茂る津島松。原発事故後はほとんど管理されていない
浪江町津島地区赤宇木に生い茂る津島松。原発事故後はほとんど管理されていない

 本県は母なる森に抱かれている。県土の約七割を占める森林は、人々の暮らしを支えてきた。原発事故発生から十年九カ月余りが過ぎたが、山林の除染はほぼ手つかずの状態だ。森を守る仕事の担い手は減少し、鳥獣被害も後を絶たない。荒廃が懸念される古里の森林の現状を追う。

   ◇   ◇

 浪江町津島地区赤宇木(あこうぎ)の山あいに松林が広がる。東京電力福島第一原発事故から十年九カ月余りが過ぎ、放置された山は荒れ果てている。人の立ち入りが制限されているため間伐ができず、雑木が育ち、雑草が生い茂る。周囲は静寂に包まれている。

 原発事故発生後、帰還困難区域に指定された。赤宇木は、良質なマツが育つ場所として知られ、原発事故前は「津島松」の産地として全国に名をはせていた。しかし、今は管理されず、伐採や出荷もできない。

 津島松はアカマツの地域品種で、分布しているのは赤宇木を中心に東西約四キロ、南北約八キロの地域に限られる。真っすぐに伸びる樹幹は、緻密な年輪や色合いの美しさで知られる。腐食に強く、割れや製材する際の狂いが出にくい木材として評価され、住宅や家具など高級建築材として広く利用されていた。

 一九八七(昭和六十二)年、赤宇木の国有林約三・四三ヘクタールが関東森林管理局の遺伝資源保存林(現津島松希少個体群保護林)に指定された。国が後世にわたり保存する必要があるとした。

 だが、原発事故で状況は一変した。高い放射線量が障害となり、除染は手つかずのままとなっている。管理を担当している磐城森林管理署は安全面から入山して保全作業ができない。貴重なマツの保存に取り組んでいた人たち、林業を生業にしていた人たちは仕事の場、活動の場を奪われ、長い伝統は途切れている。

 赤宇木から福島市に避難し、福島森林管理署臨時作業員を務める白坂治義さん(74)は山に目を向け、「やりきれない」と声を落とす。旧浪江営林署(現磐城森林管理署)職員として津島松の育成に携わった。「手塩に掛けて育てた山が年々荒れていく。管理しないと、災害にも弱い山になってしまう」。取り残された山を前に、悔しさともどかしさが募る。

 周囲の山々を遠くから眺めると美しい。そこに息づく津島松の歴史は原発事故を境に止まったままだ。