宝塚歌劇団は初公演から百年以上がたつが、今も多くのファンを引きつけている。ただ、創設者の小林一三[いちぞう]は実は世界の演劇や劇場の事情を知らなかったそうだ▼小林は他国の例を参考にせず、大衆が楽しめるよう工夫を重ねた。欧米では当時、富裕層向けの娯楽が主流だった。六十二歳で初めて渡欧した小林は、海外の実情について「知らなくてよかった」と思ったという(鹿島茂著「日本が生んだ偉大なる経営イノベーター小林一三」)▼知らないことが物事のプラスに働くことがある。「ふくしま知らなかった大使」を務める女優松岡茉優[まゆ]さんの県のPR動画が好評だ。松岡さんは本県に縁もゆかりもない。県内を歩き、おいしい県産品に初めて出合い、新鮮な反応を示す。公開された十一本の動画再生回数は今月までに計二百五十万回を超えた▼小林は阪急電鉄の経営に携わった。宝塚歌劇団をつくったのは、観客を呼び寄せ、鉄道利用を増やす狙いもあったという。松岡さんはJR只見線に乗り、奥会津の自然を眺める。「ずっと見ていたくなる景色ですね」とつぶやく。小林のように新たに劇団をつくり出さなくても、人々を魅了する宝物が福島にはある。