戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―

【戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―】第1部・帰還困難区域(4) 山との関係希薄に 放射線手入れを阻む

2021/12/26 14:28

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浪江町津島の山々には、出荷に適した伐期を迎えた津島松が残されている
浪江町津島の山々には、出荷に適した伐期を迎えた津島松が残されている

 浪江町津島地区赤宇木(あこうぎ)に広がる山々。地域住民は「津島松」など山の恵みを享受して生活してきた。しかし、東京電力福島第一原発事故から十年九カ月余りが過ぎ、人々と山とのつながりは薄れつつある。

 二〇二一(令和三)年十一月、赤宇木の山に生育するマツやスギの造林者でつくる赤宇木部分林組合の集会が伊達市で開かれた。組合は国有林に苗木を植え、育ててきた。「部分林」として、その販売収益を分け合う契約を国と結んでいた。

 樹齢五十年を超える木が多くなり、出荷に適した伐期を迎えていた。土地を所有する国から今後の扱いをどうするか、決めてほしいと打診があった。原発事故発生後、いまだに除染の見通しは立っていない。時間だけが経過し、組合員の高齢化や後継者不足など課題だけが残っていた。

 役員数人が集まった。「このまま放置しておけない」「手放したくないが、仕方ない」などさまざまな意見が出された。高い放射線量で山に入れない以上、伐採して販売することはできない。契約を維持するのは困難だとの結論に至った。組合は解散し、国に山林を返還することにした。

 組合長の石井啓輔さん(78)=伊達市=は、「親の代から受け継いだ愛着ある山だが、手入れもできない。見通しが立たないまま、そのままにしておくわけにもいかない」と苦しい胸の内を明かす。

 赤宇木には部分林を扱うもう一つの組合がある。赤宇木林構部分林組合は、国との契約を十年延長すると決めた。組合長の橘川孝志さん(74)=福島市=は、「(原発事故前は)丁寧に手入れをしてきた。孫や子どもたちに、立派な山を残したい」と話す。若い組合員もいる。いつか、古里に帰れる日が来ることを願い、山を維持していく。

 津島松は苗木から成木になるまで五十年以上かかる。それを守り、育てるには地道な作業が必要だった。