戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―

【戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―】第1部・帰還困難区域(7) 苗木小さな息吹に 「愛着、誇り消えない」

2021/12/30 12:35

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県林業研究センターに植えられている津島松の苗木
県林業研究センターに植えられている津島松の苗木

 二〇一八(平成三十)年六月、南相馬市原町区雫(しどけ)地区で第六十九回全国植樹祭が催された。現在の上皇さまが浪江町津島地区赤宇木(あこうぎ)が産地の「津島松」の種をお手播(ま)きされた。出席した住民らは津島松の伝統を未来に残したいとの思いを強くした。

 その種から育った苗木は現在、郡山市の県林業研究センターに移され、敷地内にある記念の森に植えられている。飯豊スギなどとともに育てられ、職員が肥料を与えたり、草刈りしたりするなどの手入れをしている。現在は高さ五十~六十センチほどに成長した。

 上皇さまがお手播きされた津島松の種は元々、一九七〇(昭和四十五)年に猪苗代町の県昭和の森で催された第二十一回全国植樹祭で昭和天皇がお手植えされた木から採取された。同センター森林環境部長の大槻晃太さん(54)は「苗木の一本一本に、関わった人たちの思いが込められている。丁寧に手入れするのはもちろん、歴史を伝えて次世代につないでいきたい」と苗木を見詰める。

 県は二〇二〇(令和二)年三月、植樹祭の理念を県民に共有してもらおうと、希望する九市町村に苗木計二十七本を配布した。緑化教育などに役立てられている。矢祭町では、町内の里山「来る里(くるり)の杜」に植栽し、苗木二本が高さ約七十センチまで成長した。

 赤宇木区長の今野義人さん(77)=白河市=は毎月、古里の様子を確認するため行政区役員と一緒に地元に帰っている。「われわれは先祖代々、山の恵みを受け生活し、山に生かされてきたともいえる。津島松を見ると、懐かしい気持ちが込み上げる。帰還の見通しは立たなくても、郷土への愛着や誇りは消えない」と話す。

 津島松の産地は東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となり、立ち入りは制限されている。しかし、県内各地で育てられ、津島松の遺伝子を受け継いだ苗木は、山や自然の大切さを未来に伝える小さな息吹となっている。(第1部「帰還困難区域」は終わります)