戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―

【戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―】第2部・林業(13) 農家も休業し苦悩 「試験栽培支援して」

2022/01/09 11:40

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原木シイタケ栽培再開の見通しは立っていない。坪井さんは「山だけが取り残されている」と話す
原木シイタケ栽培再開の見通しは立っていない。坪井さんは「山だけが取り残されている」と話す

 「山だけが取り残されている」。原木シイタケを生産してきた田村市都路地区の坪井哲蔵さん(73)はため息をつく。シイタケ栽培用の原木の産地として知られていたが、東京電力福島第一原発事故の影響で出荷が止まり、それを使う農家も休業状態に追い込まれている。

 二十五歳の時にシイタケ栽培を始め、一年間で約一万三千六百本の原木を栽培に使っていた。共有林や私有地の木を自分で伐採したり、業者から購入したりしていた。原発事故発生前、地区の山林は、間伐や下草刈りが行われるなどして管理が行き届き、栽培に最適な原木が手に入った。

 原発事故発生後は栽培を再開できずにいる。二〇二一(令和三)年十一月、以前原木を採っていた山林の土壌の放射性物質を検査した。一平方メートル当たり約八〇〇〇ベクレルの数値が出た。

 数十年前の最盛期には、都路地区に十戸以上のシイタケ栽培を手掛ける農家があった。しかし、今は全て休業している。坪井さんは「森林が再生する頃、ここに農家はいなくなっているだろう。安心して使える原木が育つ保証もない」と肩を落とす。

 県によると、県内の原木シイタケ生産者は原発事故発生前の二〇一〇(平成二十二)年は四百四十三戸だった。二〇一九年には七十五戸にまで激減した。露地栽培は十七市町村、施設栽培は二市町で出荷制限が続いている。

 県は、生産再開を後押ししようと、原木が放射性物質を取り込まないようにする対策を記した栽培マニュアルを作成している。枕木などを敷いて原木を地表に直接置かないようにして育てる方法などを示している。

 都路地区のシイタケは柔らかくて甘みがあり、県外にファンも多かった。坪井さんは干しシイタケを大阪府の業者に出荷していた。他県から原木を仕入れる方法もあるが、坪井さんは地元の原木を使うことに誇りを持っていた。「自分からは廃業したくない。国には試験栽培などを全面的に支援してほしい。通常の栽培がいつできるようになるのかを見極め、今後の方針を考えるべきだ」

 都路地区の原木生産は途絶えている。しかし、将来を見据えて山を再生させようと動き出した団体がある。