
18年近く前のことになります。
私は当時、生まれ故郷にある大学医学部の大学院で研究していました。しかし、いわゆるパワハラを受けて研究を続けることができなくなってしまい、大学を辞める事態に追い込まれました。
このままでは研究者としてはおわりだ…。
困った私は無謀にも海外に活路を見いだそうとしました。若気の至りです。どうせなら世界一の研究室を目指してやろうと思い、英国オックスフォード大の研究室への就職を試みました。
しかし、当時まともな論文の一本もない私がオックスフォード大に就職できるわけがありません。
困り果てた私は母校の福島医大で学生時代にお世話になった先生に泣きつきました。
当時、日本歯科大生理学講座の主任教授だった松本茂二先生です。
涙を流しながら懇願する私に松本先生は、信じられないほどの尽力をしてくださり、奇跡的にオックスフォード大に就職する道が開けました。
次はいつ日本に帰って来られるかわからない片道切符で英国に向かう私に松本先生がかけてくれた言葉はひとこと、
「えらくなりなさい」
でした。
世界一の大学に就職するチャンスをつかんだのだから死んだ気になって研究して来い、そしてたくさん論文を書いて日本に帰ってきてえらくなれ、その時、今の君のように困った人が君に助けを求めてきたら、今度はえらくなった君が救ってあげなさい、と言われました。
その後の8年におよぶ英国での研究生活についてはあまり語りたくありません。
とにかく帰国後に私は母校の教授になることができました。
でも、私の教授着任が決定する1週間前、そのことを知らぬまま、松本先生は永遠に眠ってしまいました…。痛恨の極みです。
福島医大の教授になり、いろいろな人に出会いました。たくさんの県民の皆さんに応援をいただきうれしかった一方で、頭を抱えてしまうような思いも寄らない要望を受けたこともありました。そして少数ながら、私に助けを求めてくる人もいました。ここで力を尽くすことが今は亡き恩師へのせめてもの恩返しだと思っています。