



水揚げも、漁師も減少傾向にある水産業。閉塞(へいそく)状況をアイデアとテクノロジーで打破しようという挑戦が東北で動きだした。先陣を切るのは岩手県滝沢市の製造業・炎(ほむら)重工(古沢洋将代表取締役、従業員十人)。船舶ロボット「マリンドローン」と魚などを誘導する「生体群制御」で、人手やコストを抑え環境負荷も少ない次代の水産業を導く。技術で大漁を呼び、地域も潤う。そんな夢が実現するかもしれない。
離れた所から、自在に操ることができる船がほしい。そんな願いを形にしたのがマリンドローンだ。
独自の制御システムと衛星利用測位システム(GPS)により自律航行し、遠隔操作も可能だ。入力したコースだけでなくランダムに進むこともでき、障害物を感知すれば停止する。遠隔操縦は、例えば東京のオフィスから、タブレット端末などを介して三陸の港に浮かぶ船を運転できる。
炎重工設立の二〇一六年に開発に着手し、一八年に製品化。密漁対策や養殖場の自動給餌などの用途で引き合いがある。搭載する機材を変えれば使い道はいくらでも広がる。回収ユニットを付ければ海のごみや汚染物質を集め、測定機器を載せると水質検査に役立つ。きれいな海で育った魚として、ブランド化を促すことにもつながりそうだ。
一七年からは大手ゼネコンなどと共同研究する。二五年大阪・関西万博で、三メートル四方の床(船)が自在に離着岸する自動運転船「海床(うみどこ)ロボット」として登場する可能性がある。
生体群制御は、魚の群れを誘導する技術だ。水に微弱な電気を流すと魚は「触られた」と誤認し移動する。これにより魚群を任意の場所に集める。淡水、海水を問わず、魚体に応じた選別も可能だ。魚種まで選択できれば、利便性は一層高まるだろう。研究は同社設立に先立つ一四年に始まり、陸上養殖分野を軸に実用化に向けた開発が進む。
海面養殖への応用も探っている。海に電極を設置すれば、海域を囲う網を使わなくても一帯を養殖池化できる。既に「魚を集め、水揚げを省力化したい」「給餌器と連動させ、食べ残しを減らせないか」など、業界の注目を集めている。
マリンドローンと生体群制御を組み合わせると、どうなるか。同社代表取締役の古沢洋将さん(39)は「湾内を丸ごと漁場化できる」と表現する。船舶ロボットで給餌や密漁監視をし、水質や成育状態もチェック。所定の大きさに達した魚だけより分け、水揚げ地点に集めるイメージだ。
「人も魚も減っている。それでも、高い生産性を持つ水産業は可能」。古沢さんは、浜の未来図をそう思い描く。
【取材 岩手日報社】
■炎重工代表取締役 古沢洋将さんに聞く 湾内全体を養殖域に
テクノロジーによる食料生産改革に挑む古沢さんに、取り組みに込める思いや事業の見通しを聞いた。
-帰郷し、二〇一六年に炎重工を起業した。
「元々(ロボット開発の)サイバーダインに勤めていたが、東日本大震災が起きた。漁師の叔父がいる岩手県山田町に向かうと、まちが壊滅していた。衝撃的な光景だった。いつかは岩手に帰ろうと思っていたが『戻らなくちゃ』と心が決まった。準備期間を経て会社をつくった。創業時は船舶ロボットを作る会社は皆無で、ニッチ(すき間)な分野だった。実はニーズがあり、少しずつ声が掛かり始めた」
-マリンドローンは幅広い用途が見込まれる。
「船のサイズを問わないし、自律航行なので深夜など人が働きにくい時間帯や、危険な所でも使うことができる。防災面では、災害発生時に数隻を川を渡すように配置して避難路にする構想もある。実際にテストしたいと考えている」
-生体群制御も大きな可能性を秘めた研究だ。
「一四年に着手した分野で、当社創業のきっかけになった。現在も開発途上なのだが『研究段階でもいいからほしい』という声も、もらっている。陸上養殖に加え、将来は海面での活用を目指したい。行動を制御する生体群は魚だけとは限らない。養殖魚を捕食する鳥や、害獣や昆虫を追い払うことにも使えるだろう」
-これらの技術で、世の中をどう変える。
「生体群制御を用いた海面養殖で例えると、湾内全体を養殖域にしたい。自然に増えた分だけを、自動水揚げするシステムだ。自然の環境下で餌をやらなくても育った分のみ、必要量だけを水揚げする。幼魚は取らない。環境負荷を抑え、コストも低減できる。実家が農家だということもあり常々、食料生産を自動化したいと考えてきた。少子高齢化を止めるのは簡単ではない。働き手も今後さらに減るだろう。それでも機械化すればある程度、生産力を維持できる。輸出にもつなげれば地域の稼ぐ力が高まる。税収が増え行政サービスが上向くことで、人も資金も産業も集まる。新たな水産業が、地域に活力をもたらす一助になるといい」