東日本大震災・原発事故

震災・原発事故11年~福島を守る~安全安心な地域づくりへ奔走する人たち #知り続ける

2022/03/05 15:15

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仲間と共に古里を守りたいと日々の職務に力を尽くす門馬さん
仲間と共に古里を守りたいと日々の職務に力を尽くす門馬さん
震災の行方不明者の捜索に当たる市川さん。警視庁から県警に永久出向し、復興に貢献したいと誓う=2月上旬、浪江町・請戸中浜地区海岸
震災の行方不明者の捜索に当たる市川さん。警視庁から県警に永久出向し、復興に貢献したいと誓う=2月上旬、浪江町・請戸中浜地区海岸

 東日本大震災、東京電力福島第一原発事故の発生から3月11日で丸11年。未曾有の複合災害を体験した福島県民は何気ない日々の営みの大切さをかみしめながら、復興への道を歩み続けている。地域の警察官や消防署員らは安全、安心を守り、県民生活を下支えしている。

■駅員から消防士へ「地元のために何かしたい」

 震災と第一原発事故の被災地である福島県南相馬市を管轄する南相馬消防署保安係(消防士長)の門馬直道(もんま・なおみち)さん(31)は震災、原発事故を機に古里への思いを強くし、9年前に鉄道マンから転身してUターン就職した。地域住民の生命や暮らしを守る第一線で活動している。「地元の皆さんとのつながりを大切にし、顔の見える関係を築く。同僚との連携を深めて安心安全な地域をつくりたい」と誓っている。

 門馬さんは南相馬市小高区出身。県立小高工高(現小高産業技術高)卒業後、埼玉県の西武鉄道に就職し、駅員として改札での窓口業務やホームの安全管理を担った。社会人3年目に震災と原発事故が発生。家族や友人との連絡手段が断たれ、不安な日々を過ごした。小高区の実家は大きな被害を受けなかったものの、福島第一原発から半径20キロ圏内となり、両親と祖父母は仙台市での避難生活を余儀なくされた。

 未曽有の災害を経験し、家族や友人、地域の人々との絆の大切さを思い知った。ふと立ち止まり、自分の将来を考えた。「やっぱり地元のために何かしたい」。消防士として活躍している高校時代の野球部の先輩や後輩が「大変だけど素晴らしい仕事」と職務を誇る姿に強い影響を受け、古里で消防士になることを決心した。

■古里の風景に物寂しさ それでも覚悟を持って前へ

 震災から2年後の2013年4月、相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村の4市町村を管轄する相馬地方広域消防本部に採用された。古里の南相馬消防署小高分署などで勤務し、地域のために力を尽くしてきた。高校時代に野球部の主将を務め、チームワークを大切にしてきた経験を生かし、現在は消防士長として、同僚に積極的に声を掛けて団結力のある組織づくりを心掛けている。

■福島県警に「永久出向」 地元を守る「ウルトラ警察隊」

 「住民の安全安心を守り、福島の復興に貢献したい」。門馬さんとは別に、地域の治安を守る警察官の立場から決意を新たにしている人もいる。福島県警双葉署広野駐在所主任(巡査部長)の市川哲央(いちかわ・のりお)さん(46)は、震災と原発事故からの復興支援のため、警視庁から福島県警に永久出向した。昨年4月から広野駐在所に配置され、被災地の最前線である双葉郡で事件事故の防止に努めている。

 2月上旬、浪江町にある請戸中浜地区海岸で震災の津波による行方不明者の捜索活動に臨んだ。震災翌年の2012年2月に警視庁から県警に出向後、ほぼ毎年各地の沿岸で捜索に励んできた。県警は震災後、毎月11日前後に、不明者捜索を続けてきた。市川さんがこの場所で活動するのは約5年ぶりだった。海岸沿いに防潮堤が整備され、山積みにされていたがれきは撤去されていた。「着実に復興が進んでいる」。不明者の手掛かりを家族に届けようと、レーキを持つ手に力が入った。

 福島県白河市出身で、2001年4月に警視庁に採用され、震災発生時は東京都の自宅にいた。ニュースで大津波が住宅をのみ込む映像を目にして衝撃を受けた。地元の白河市が震度6強の大地震に見舞われ、死者が出たほか、学生時代に何度も足を運んだ小峰城の石垣が崩壊する甚大な被害を受けた現状も知った。古里が苦しむ姿に心を痛めた。

 「福島の復興の力になりたい」。警察官としての使命感が自らを突き動かした。2011年末に警察庁が被災地の復旧や治安維持のため、全国各地の都道府県警から警察官を期限付きで派遣する「特別出向」を志願した。2012年2月に福島県警に出向。福島県須賀川市が「ウルトラマンの生みの親」の故円谷英二さんの古里であることにちなみ、県警が特別出向の警察官を集めて組織した「ウルトラ警察隊」の一員として、地元の白河署で勤務を始めた。

 出向中は双葉郡のパトロールを主に担当した。富岡、大熊両町など帰還困難区域では手付かずのため草が生い茂り、荒れ果てた住宅が並んでいた。空き家の窃盗被害など被災地を狙った犯罪が後を絶たない状況も目の当たりにした。被災地の実情を肌身で感じ、警察官としての使命感がさらに強まった。

 一方で県民の温かさにも触れた。仮設住宅や借り上げ住宅を巡回して避難者の相談に当たる際、被災者から掛けられた心温まる言葉に胸を打たれた。「来てくれてありがとう」「安心するよ」。避難生活を送る困難な状況の中でも前を向く姿は、仕事の原動力になった。

「福島で職務を全うし、復興を支えたい」。強い思いが日に日に増した。3年間の特別出向期間を終えて転籍を決意。2015年4月に福島県警に永久出向した。

 会津若松署や田村署都路駐在所などでの勤務を経て、現在は広野町でパトロール、高齢者宅訪問などに当たっている。「復興を治安面から支えたい」。町内は一人暮らしの高齢者も多く、事件・事故に巻き込まれないよう日頃から声掛けに努めている。

 震災から11年。この土地で生まれ育った人、震災前は別の場所にいながらも生涯とどまることを決めた人。未曽有の災害を体験した人たちがそれぞれの立場で住民の安全安心を守ろうと奔走している。

 この記事は、福島民報とYahoo!ニュースとの共同連携企画です。