チョルノービル原発(5月22日)

2022/05/22 09:32

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 二月二十四日にロシア軍がチョルノービル原発を制圧したとの報道があり、すぐに事故を起こした4号機の鋼鉄性シェルターの概念設計をした元パシフィック・ノースウエスト国立研究所首席科学者で現在、東日本国際大学福島復興創世研究所長の大西先生にメールを送ると、現地のクラスノブ所長やキーウの研究者に連絡をとってくれた。

 ロシア軍は、ウクライナ人スタッフを捕虜にしたが、所長は拘束されず、大西先生にすぐに返事をくれた。その時点ではチョルノービル原発も核燃料貯蔵施設も安全との返事であった。またロシア軍には放射能専門家はいないので、チョルノービル側で原発の保全作業を行うことを願っているが、運用体制は決まらず、課題山積の状況とのことだった。結局チョルノービルの技術者が作業を継続したが、安全確保に大切な人員交代は、ロシア軍占拠の五週の間に二回しか行われなかった。

 4号機の鋼鉄性シェルターは二〇一六年に設置されたが、その翌年の五月に、福島県環境創造センターはチョルノービルを訪問した。その数週間前に浪江の山火事があり、チョルノービルの経験を聞きたいと思い、浪江の状況を私が説明した。クラスノブ所長はすぐに資料を用意し、春は以前の住民が戻って集う時期で火事が起こりやすく、燃えている下草周辺の放射線量の計測法や延焼防止策を説明してくれた。

 三月二十三日にはゼレンスキー大統領の日本の国会への演説があった。その中で「三十キロゾーンの立入禁止区域では、事故収束当時に多くの瓦[が]礫[れき]、資材などが地中に埋められたが、ロシア軍の侵入時に装甲車が走り、放射性物質のダストが空気中に巻き上った」と言う趣旨の話があった。我々は事故から三十一年目で訪問したが、埋設された汚染家屋などの環境への安全性確認は未[いま]だ全部は終わっていないと現場で説明を受けた。今回、ロシアの装甲車で荒らされたので、再調査が必要になるのではないかと危惧している。

 チョルノービルから学ぶことは多い。チョルノービル原発は、ウクライナとベラルーシにまたがるポレシエと呼ばれる低い森林地帯でプリピャチ川の平坦な流域にあり、外部からの侵入を防ぐのが難しい地形だ。一方、国内の原子力発電所は復水系で海水冷却を利用するので、海岸に面しており、地形学的な状況は大きく異なる。チョルノービルでは外部からの侵入が現実に起こってしまった。国際環境は異なるが、国内原子力発電所でもそのような事態を想定外とせずに考えないといけない時代に入ったと思われる。一度整理して考えて見る必要があるのではないか。

 チョルノービル制圧から三か月経過したが、未だに戦争は終わらず、日々多数の犠牲者が出ている。一日も早くウクライナに平和が戻ることを願ってやまない。(角山茂章・会津大学元学長)