自然はあすを創るための糧だ(7月31日)

2022/07/31 09:37

  • Facebookで共有
  • Twitterで共有

 昭和村で、降って湧いたような、巨大な風力発電所の話を聞いた。村のなかにそれを事前に知る者はいなかった。極秘に調査その他を進めてきたらしい。既視感があった。青森の十和田湖の近くでも、同じようなプロジェクトが顕在化し、その歴史遺産を抱いた景観を破壊する計画に再考を求める運動が起こっている。東北の国有林を舞台にしてよく似た問題が起こっているのは、偶然ではない。

 思えば、東日本大震災の以前には、わたしは原発にも再エネにもまるで関心がなかった。しかし、もはや未来を原発に委ねることはできない。再生可能エネルギーについてにわか勉強を始めたのだった。福島県を自然エネルギー特区に、という提言までしたことがある。いまも思いに揺らぎはない。

 とはいえ、震災の翌年であったか、ネットのニュースでこんな記事を見かけて、呆然[ぼうぜん]とさせられたことがある。アフリカの広大なサハラ砂漠に太陽光パネルを敷きつめると、それだけでヨーロッパ全体のエネルギーをまかなうことが可能になるという試算が出されて、実現の可能性が模索されている、という。一瞬にして、目が覚めたように、あることに気づかされた。すなわち、再エネを正義と取り違えてはいけない、と。それもまた、植民地の道具となる。

 なぜ、原発以後のエネルギーとして、再エネを選ぶのか。原発はかぎりなく中央集権的なシステムであり、外発的な、いわば植民地型の開発の形である。原発が地場産業を育てることはない。それにたいして、再生可能エネルギーは地域分散型を基本として、太陽や風や河川の流れ、森の樹木などからエネルギーを産みだす。生産と供給において、あくまで地産地消をめざすシステムなのである。原発事故の惨状を思えば、地域の自然や生態環境、そして歴史や文化などに与える負荷を可能なかぎり抑制することが求められる。

 わたしは実は、自治体が運営する風力発電に関心を覚えてきた。地域の経済基盤を固める成功事例がすでに生まれている。環境への負荷にきちんと配慮しながら、数基の風車を立てる。売電収益はそれなりにある。住民の電力負担を軽減しながら、たとえば収益を地域福祉や文化事業に重点的に使うことができる。そこで生まれる利益は地域に還元される。いわば、地域が主人公となる内発的発展の道具として使われることで、再エネは生かされる。

 だから、昭和村の日本最大規模という風力発電所の計画には、反対せざるをえない。村の人たちが、寝耳に水の話に驚いた時点で終わりだ。それは絵に描いたような外発型のプロジェクトであり、収益の大半ははるか遠くの企業本社に還流させられるだけだ。

 くりかえすが、再エネはあくまで、内発的に、地産地消をめざすべきだ。その土地に吹く風や降りそそぐ太陽、河や森からいただくエネルギーは、地域のあすを創るための糧として生かされ、恵みとなり歓びとなる。巨大な風車の群れは、いらない。

(赤坂憲雄・奥会津ミュージアム館長)