安倍晋三元首相の国葬は、賛否が二分したまま営まれた。法的根拠の曖昧さ、歴代首相との違いとともに安倍氏の適格性も問われたが、岸田文雄首相の説明に対する理解は深まらなかった。長期政権の功罪が指摘され、政策の評価は割れても、故人は静かに送りたいと願う人々は多かったはずだ。遺族の心痛は察するに余りある。言葉を尽くさず、いたずらに人心を乱した責任を岸田首相は重く受け止め、今後の国政に臨むべきだ。
福島民報社と福島テレビの県民世論調査で、国葬への反対は66・3%を占め、内閣支持率は34・1%に急落した。共同通信社をはじめ全国の調査も同様の傾向を示していた。国会審議を通さず、内閣府設置法と閣議決定を根拠に早々と実施を決めたことへの疑問に旧統一教会問題が重なり、不信感は高まる一方だった。岸田首相は丁寧な説明を続けると言いながら、同じ説明に終始した。国民と真摯[しんし]に向き合い、理解を得ようと努力した痕跡も見えなかった。
追悼の辞で、アジア、欧州、中東、アフリカ、中南米地域など世界各国との重層的な外交を安倍氏の功績に挙げた。内政では、安保法制や国民投票法の制定、教育基本法改正による戦後レジーム(体制)からの脱却などを列挙した。歴史は政権の長さよりも、達成した事績によって安倍氏を記憶するとし、「(安倍氏が)敷いた土台の上に持続的で全ての人が輝く包摂的な日本を、地域を、世界をつくっていく」と誓った。
言葉を飾り立てても信頼は得られない。国民の側に立ち返り、新型コロナ禍の経済対策や物価高への対応など、喫緊の課題に対する政策を確実に形にする実行力こそが問われる。来月召集の臨時国会では説明不足も、国民不在も認められないと肝に銘じるべきだ。野党の意識も試される。
国葬の冒頭、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の被災地を安倍氏が幾度も訪れ、被災者を励ます映像が流された。内堀雅雄知事をはじめ、県内から複数の市町村長が列席し、感謝の意を表した。「福島の復興なくして東北の復興なし。東北の復興なくして日本の復興なし」との言葉に勇気づけられた記憶がよみがえる。
岸田首相は、復興に尽くす姿には触れなかった。原発の処理水問題や帰還困難区域の再生など課題は残ったままだ。遺志を継ぎ、復興への決意を国内外の要人の前で力強く語ってほしかった。停滞は許されない。被災地の声を聞き、寄り添う姿勢も一段と強めてもらいたい。(五十嵐稔)