将棋の藤井聡太五冠の強さを象徴する言葉に「藤井曲線」がある。序盤から優位に立ち、逆転を許さず投了に向かう勝利への流れを滑らかな右肩上がりの線で示す。人工知能(AI)による対局の形勢判断を数値化して得られる▼対局中継で表示され、広く知られるようになった。一手でも悪手を指すと、線が大きく下に振れる。緩やかな上昇カーブを描くのはプロの棋士でも至難の業だという。正確無比な指し回しは、最善手を追い求める日々の努力の賜物[たまもの]なのだろう。これまで10度のタイトル戦を一つも落とすことなく獲得し、防衛してきた若き天才の姿が美しい曲線と重なる▼上昇が続くもう一つの曲線に消費者物価指数がある。帝国データバンクによると、今月は約6700品目もの食品が相次ぎ値上げされた。ただでさえ今年の秋は肌寒い。買い物や飲食のたびに懐も寒い思いをしている人は多いに違いない▼物価上昇分を補おうと、政府は賃上げを掲げている。グローバル経済の中で政策の行き着く先が見えにくければ、どんなAIでも今後の物価の線形を正確に予測するのは難しい。日本の経済を成長曲線に乗せるには、先々を読んだ一手が肝要だ。