東京電力福島第1原発にたまり続ける放射性物質トリチウムを含んだ処理水の放出時期の目標について、政府はこの春から夏ごろとする方針を関係閣僚会議で確認した。政府、実施主体となる東電とも、県内外の理解が十分でない現状を認識しながら、日程ありきで突き進んでいるとしか思えない。不信感が募る。
政府は放出時期の確認に合わせて風評対策など事業の指針となる行動計画を改定した。地元関係者による処理水の分析・評価作業への立ち会いの仕組みづくりや官民合同での「常磐もの」の消費拡大対策などが示された。政府は「対策はおおむね出そろった」とするが、視点はすでに放出後に向けられている。
これまでも指摘してきたが、地元が求めているのは、海洋放出以前の国民理解の醸成だ。国民理解が深まり、処理水問題をそれぞれが「自分事」として考えるようになれば、風評被害を心配することはあるまい。その努力が圧倒的に足りないまま、軸足が海洋放出後に移っていく。柔軟に対応できない国の体質は、これまでの原発政策で繰り返されてきた。
海洋放出だけではない。政府の原発政策は反対論や慎重論といった多様な声を置き去りにしている感が強い。脱炭素政策を議論するGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議が昨年末に取りまとめた「GX実現に向けた基本方針」は、次世代型原発への建て替えや運転期間60年超への延長など原発と再生可能エネルギーの最大限活用が柱となっている。
2月にも閣議決定される見通しの基本方針は原発推進派が多数を占める審議会で議論され、岸田文雄首相の検討指示から数カ月で結論が出された。国民の意見を聞く場はパブリックコメント(意見公募)のほかにはない。原発政策の大転換とも言うべき内容だが、国民の声を丁寧にすくい上げ、合意形成に向けて粘り強く説明する姿勢はみじんも感じ取れない。
さらに加えれば、自民党の麻生太郎副総裁は地元後援会の会合で「原発は危ないというが、死亡事故が起きた例はゼロだ」と発言した。首相経験者で、政権与党の有力者の認識には怒りを覚える。原発事故では、いまだ帰還困難区域が残り、避難先で命を落とす原発事故関連死と認められた被災者は2335人に上っている。
原発事故への対応はまだまだ長い年月を要するというのに、政府、与党、東電は被災地からすっかり心が離れてしまっている。(安斎康史)