

国道6号沿いの県内沿岸部に車を止め、美しい海を望む丘に降り立つ主人公たち。見渡すと、辺りには草が生い茂った集落が広がる―。新海誠監督(49)の最新アニメ映画「すずめの戸締まり」は、東日本大震災をテーマの一つとし、福島県などの被災地も描いた。新海監督は福島民報社の単独オンライン取材に応じ「双葉郡の風景を描かなければ、『すずめの戸締まり』でうそをつくことになると思った」と語った。
■覚悟
映画は九州で暮らす17歳の高校生・鈴芽(すずめ)が主人公。全国各地の人影がなくなった廃虚で災いのもととなる「扉」を締めていく冒険物語となっている。
鈴芽たちは「帰還困難区域」の看板の前を通り、国道6号を車で走る。道路はきれいに整備される一方、両脇の住宅は放置されたままたたずむ。たどり着いた丘の上から見る風景には、東京電力福島第1原発を思わせる建物が映る。
2年前の夏、新海監督は現地を訪れ、帰還困難区域の現状を肌で感じた。「日本にこういう風景が現実にあると、間接的に観客へ伝えることに意味がある」。災禍を風化させない強い覚悟が生まれた。
日本各地の景色を忠実に再現する場面が数多い。しかし福島県を描く上では、現地の空気感はそのままに家の形や間取りは架空にした。「戻りたいと思っている方がたくさんいる。誰かの家を勝手に描くようなことはできなかった」
■信頼
新海作品は背景美術が物語の重要な役割を果たす。きらめく海や色彩豊かな草原に、観客の多くが目を奪われる。廃虚となった学校や温泉街には、かつて過ごした人々の記憶が漂う。ヒット作「君の名は。」をはじめ、新海監督と約20年にわたり制作活動を共にする今作の美術監督丹治匠さんは福島市出身。「自分にとってまさに『スーパーマン』のような存在」と太鼓判を押す。
実在する風景をベースに、温泉街や遊園地などの架空の場所を設定する役割を丹治さんが担う。「少し無理なお願いをしても『まあなんとかなるよ』とにこやかに言ってくれる」と目を細める。「彼に任せれば大丈夫だと、自分も含めスタッフみんなに思われている」と全幅の信頼を置く。
■紡ぐ
間もなく震災から12年が過ぎる。発生当時の様子を知らない世代が増えている。観客の3分の1以上が若年層と分析した上で、「知るきっかけをつくれたなら、アニメだからこそできたと思いたい」と、災害を物語で紡ぐ意義を語る。
公開から約3カ月。全国各地で舞台あいさつをし、1月28日は福島県を訪れた。各地の劇場を通して多くの手紙をもらい、温かい反応に励まされたといい「この映画は存在してよかったんだと思えた」とほほ笑む。
エンターテインメント作品で震災を描くことへの批判もあり「誰もが賛成する映画はあり得ないし、成功だったと簡単には言えない」と受け止める。それでも、心の痛い場所を避ける表現ばかりになれば人の心は動かないとの信念も抱く。
「面白かっただけではない、社会的役割をアニメ映画が担えると願いたい」。映画の力を信じ、向き合い続けるつもりだ。
(郡山本社報道部・武田汐理)