大草原のお引っ越し(3月5日)

2023/03/05 09:00

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 3月は冬から春への変わり目とともに進学や就職、異動での転居のシーズンでもある。なるべくコンパクトに荷造りして新たな生活の地に向かうが家族を伴えば大事業である。約7年前の資料では日本人の平均引っ越し回数は約3回とのこと。もちろん職業や家族構成、事情などにより個々人では大きく異なる。それでも一般的に日本人の引っ越し回数は諸外国に比べて多くはないようである。

 世界でも「引っ越し好き」で知られているのはアメリカ人。収入増減への対応や、より住みやすい環境を求めるなどで生涯に平均で10回以上引っ越すそうだ。自分で専用のレンタカーや車につなぐ牽[けん]引[いん]車を使って荷物を運ぶのも一般的。引っ越しの前に寄付したり、今ならネットの活用もあるだろうが庭やガレージで不要物を売ったりする。アメリカの賃貸アパートには移動に頭を悩ます洗濯機、冷蔵庫やソファなど大型の家電製品や家具は備え付けのところも多い。

 自動車が普及する以前、西部開拓時代には馬車に荷物を積んで長距離を移動していただろう。多くの災害や危機を乗り越え新天地を目指す。私にそのイメージを作ってくれたのはアメリカで制作された1970年代のテレビドラマ「大草原の小さな家」である。アメリカ中西部の大自然の中、インガルス一家の両親と幼い末っ子を含む3姉妹が移り住みながらの試練と克服、家族の絆が描かれて本国だけでなく日本でもヒットした。原作は次女ローラが子供時代に書いた半自伝的小説で翻訳版が世界各国で読まれている。現在、BS4Kで再放送されている。

 ドラマや小説は全部が実話ではないが、カンザス州南東部にあるインディペンデンスという町には実際にインガルス一家がしばらく定住していて、一家の生活などを紹介する小さな博物館がある。博物館といってもその当時の郵便局を移設した往時の様子をうかがわせる丸木小屋のような建物などで当時の生活用品などが展示されている。私は1980年代後半に同じ州内の大学町から車で半日ほどかけてここを訪ねた。見晴らしの良い草原に面しており、今にも幌[ほろ]馬車が出てきそうな雰囲気だった。管理人の話では、ドラマがヒットしていた頃には日本人観光客が少なからずバスツアーで訪ねてきたそうである。バブル前の、日本が元気だったときの話だろう。

 カンザス州は日本の半分強の面積にわずか300万人が住みアメリカ全体のちょうど中心部に位置し、農業と牧畜が盛んである。この州に日本の大手メーカーが電気自動車用の最新鋭の蓄電池工場を建設する計画が発表されている。地元ではその経済効果に期待が高まっているという。自動車の電動化は地球温暖化の原因と考えられている二酸化炭素排出削減に貢献する技術であり、高性能な蓄電池は必要不可欠なものだ。幌馬車から電気自動車へ。移動手段の進化が、日本が元気になることの象徴になってほしい。

(中岩勝 産業技術総合研究所 名誉リサーチャー)