論説

【常磐線舞台芸術祭】文化の力示す機会に(5月26日)

2023/05/26 09:36

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 本県ゆかりの文化人らが立案した「常磐線舞台芸術祭」が7月31日から8月13日まで、浜通りを中心に初めて開かれる。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で引き裂かれた古里や住民の思いを演劇、朗読、音楽などでつなぐ。JR常磐線の沿線に文化が息づき、多様な薫りを求めて人々が往来する将来への足掛かりになってほしい。

 芸術祭は劇作家・小説家の柳美里さん(南相馬市小高区)の着想を基に、ふたば未来学園高で指導する劇作家・演出家の平田オリザさん、作家の古川日出男さん(郡山市出身)、詩人の和合亮一さん(福島市)らが実行委員として練り上げている。沿線の各地に多くの会場を設け、2週間にわたって22のプログラムを展開する。一部は福島市でも開催される。演劇、朗読といった舞台作品のみならず、旧避難区域を巡るツアーや食を楽しむ企画などもある。

 常磐線で通学する高校生の様子を描いたり、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフにしたり、多くの作品で鉄道の存在に光を当てる。津波で甚大な被害を受けた新地駅(新地町)や富岡駅(富岡町)も会場として利用する。

 震災で県内全区間が不通となり、9年後に全線再開通した常磐線は、被災地再生の歩みを象徴する。芸術祭で価値を共有し、県内外の利用者が増えれば地域は活気づいていく。ローカル線利用の伸び悩みが全国的な課題となる中、文化を軸にした解決策のヒントが得られる機会になるよう期待したい。

 未曽有の災禍に見舞われた浜通りでは、伝統芸能を守り継ごうと懸命に活動する人々がいる。避難を強いられた経験を次代につなぐ住民参加の劇団が動き出した町もある。熱意や行動力を束ね、共に創り上げる意識が地元に広がれば5年、10年と続く芸術祭に育つはずだ。

 披露される作品の一つに、小高中(南相馬市)の先生と生徒が避難先で編んだ合唱曲「群青」がある。苦境の中、希望の歌詞を紡いだ生徒のたくましさが共感を呼び、県内外のさまざまなステージで歌われている。多くの若者が芸術祭に関わり、子ども向けに演じられる劇もある。「群青」を生んだ生徒のような若い力が芽吹けば、地域の未来は開ける。(渡部育夫)