処理水24日、海洋放出 首相「政府責任持つ」 先送りできぬ課題強調

2023/08/23 09:16

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東京電力福島第1原発の処理水を巡る関係閣僚会議で発言する岸田首相(左から2人目)。海洋放出を24日に開始する方針を決定した=22日午前、首相官邸
東京電力福島第1原発の処理水を巡る関係閣僚会議で発言する岸田首相(左から2人目)。海洋放出を24日に開始する方針を決定した=22日午前、首相官邸

 政府は22日、東京電力福島第1原発の放射性物質トリチウムを含んだ処理水を巡る関係閣僚会議を官邸で開き、気象・海象条件に支障がなければ24日に海洋放出を開始する方針を決定した。岸田文雄首相は廃炉と福島県復興のために処理水処分は先送りできない課題だと強調し、「たとえ数十年の長期にわたろうとも処分が完了するまで政府として責任を持って取り組む」と表明した。東電は首相の指示を受け、放出に向けた準備作業を始めた。ただ、風評被害を懸念する漁業者らは反対姿勢を崩していない。


 会議で首相は「漁業者からは、なりわい継続に寄り添った政府の姿勢と安全性を含めた対応について『理解は進んでいると考えている』との声をいただいた」と紹介。「国際社会の正確な理解が確実に広がりつつある」との認識も示し、漁業者との意思疎通の継続が重要だとして「フォローアップする場を設け、寄り添った対応をしてほしい」と関係省庁に指示した。

 放出開始日の決定に至った判断について首相は「現時点で準備できる万全の安全確保、風評対策、なりわい継続支援策を講じることを確認した」と説明した。政府は風評被害対策や漁業継続支援などに計800億円の基金を確保。水産物などの国内消費の拡大、国内生産の維持、新たな輸出先のニーズに応じた加工体制の強化、新たな輸出先の開拓などの対策を講じる。売り上げの減少など損害が生じた場合は東電が賠償する。原発周辺の海水や魚の放射性物質モニタリングを強化し、国内外に情報発信する方針も申し合わせた。

 政府と東電は2015(平成27)年、福島県漁連に「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」と文書で約束しているが、会議で首相は言及しなかった。

 海洋放出計画を巡っては、国際原子力機関(IAEA)が7月に「国際的な安全基準に合致する」「人や環境への影響は無視できる水準」と結論付けた包括報告書を岸田首相に提出。放出設備は原子力規制委員会の審査に合格した。欧州連合(EU)などが原発事故後に導入した日本産食品の輸入規制を解除した一方、中国は日本の水産物に対する放射性物質検査を厳格化した。


■福島県漁連「今後も反対」

 西村康稔経済産業相は22日、福島県いわき市の県水産会館で県漁連の野崎哲会長ら幹部と会談し、関係閣僚会議で決定した放出時期や風評対策を説明し「処理水の問題は廃炉を進める上で先送りできない」と理解を求めた。野崎会長は「我々は(海洋放出に)反対の立場で今後も臨む」と改めて従来の姿勢を強調した。

 野崎会長は会談後、「国と東電の判断で放出が始まるのは遺憾だ」とした上で、「(放出が)安全に計画通り進むかには大きな不安がある」と懸念。国の全責任で廃炉を安全に完遂するよう訴えた。

 一方で、県漁連との「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」との約束については「現時点で果たされていないが、破られたとも考えない」と述べ、廃炉完了後に本県の漁業が存続して初めて理解したという立ち位置に立てるとの考えを示した。

 これに対し、西村氏も会談後、「私も同じ解釈をしている。今の段階では約束を果たした訳ではなく、守り続けている状況だ」と述べ、県漁連との約束を巡る認識に相違はないと主張した。

 会合に参加した、いわき市漁協の江川章組合長は「断固として反対だ。政府は海洋放出ありきの話しかしていない。怒りしかない」と国への不信感をあらわにした。相馬双葉漁協の今野智光組合長は「(県漁連との約束は)守られてもいないし、破られてもいない」との見解を示した。


■「日本全体の問題」知事訴え

 福島県の内堀雅雄知事は処理水の処分について「福島県だけの問題ではなく、日本全体の問題だ」との考えを幾度となく訴えてきた。22日、県庁で報道陣の取材に答えた内堀知事はこの考えを改めて強調し、「政府と東京電力に対し、最後の最後まで責任を持って対応すべきだと強く訴えていく」と述べた。

 処理水の処分が日本全体の問題になったかを問われると、海外で日本産水産物の輸入規制を強化する動きが出ている状況を挙げながら、21日に岸田文雄首相らと意見交換した全国漁業協同組合連合会(全漁連)の幹部らの対応を踏まえ、「強い危機意識を持って対応されていることを実感している。まさに日本全体の問題であることを如実に表している」と語った。

 海洋放出日の決定については政府による基本方針の決定などこれまでの動きを振り返り、「総合的な判断の上で決定されたと受け止めている」との認識を示した。


■底引き網漁再開 国際社会の視線 決定急いだ政府

 政府が東京電力福島第1原発の放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出日の決定を急いだ背景には、福島県沖で9月に再開する底引き網漁への影響を回避するとともに、安定した政権運営を国内外に示す思惑があった。

 「原発の廃炉を進め、福島の復興を実現するためには処理水の処分は決して先送りできない課題だ」。岸田文雄首相は22日の関係閣僚会議で、放出の必要性をこう強調した。

 政府は2021(令和3)年4月に海洋放出方針を決定。放出設備の建設や原子力規制委員会の使用前検査、国際原子力機関(IAEA)による包括報告書の取りまとめなどの日程を踏まえ、今年1月には放出時期を「春から夏ごろ」と期限を切った。

 「夏ごろ」の期限が迫る中、漁業者への配慮から9月への後ろ倒しは避けなければならなかった。9月1日に本県沖での底引き網漁が解禁になるからだ。政府関係者は「理解を求め続けた漁業者への影響は何としても回避したい」と話す。漁が始まる前にモニタリングデータを公表すれば、安全性をアピールできる。海水の放射性物質濃度の測定結果を公表するには3日程度を要するため、月内のより早いタイミングでの放出開始が求められた。

 福島第1原発の廃炉作業で今後取り出す溶融核燃料(デブリ)の保管場所などを確保するには、原発敷地に林立するタンクの撤去が不可欠で、政府の海洋放出の根拠の一つになっている。ただ、東電が試算したタンクの満杯時期は汚染水発生量の低減で当初見込みよりも後ろ倒しになり、現時点では2024年2~6月ごろとなっている。

 それでも、来年などに期限を延長することなく放出開始に踏み切るのは、日本政府に国際社会の視線が注がれている事情もある。外交分野に精通する国会議員は「放出時期を延ばしても状況は大きく変わらないが、外交上は日本政府の事故対応の段取りの悪さを露呈し、不信感や風評を助長することになりかねない」と明かした。


※福島第1原発の処理水 東京電力福島第1原発では、溶け落ちた核燃料(デブリ)への注水や建屋に流れ込む地下水、雨水により大量の汚染水が発生。多核種除去設備(ALPS)で浄化するが放射性物質のトリチウムは取り除けず、処理水として敷地内のタンクに保管している。保管量は3日時点で約134万トンに達し、容量の約98%。東電の試算では2024年2~6月ごろに満杯になる。政府は処理水を海水で薄めて海洋放出する方針。トリチウムは人体への影響が小さいとして国内外の原子力施設でも海に流している。