現場の声届いてない 処理水あす海洋放出 漁業の未来不安 「また、逆戻りするのか」

2023/08/23 09:23

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「魅力ある漁業を次世代に引き継ぎたい」と願う斎藤さん
「魅力ある漁業を次世代に引き継ぎたい」と願う斎藤さん

 政府が東京電力福島第1原発からの処理水海洋放出を24日に始めると決めた22日、漁業者をはじめ、福島県民からは「影響は避けられない」、「現場の声が届いていない」と反発や不安が残る中での決定に批判が上がった。9月1日に底引き網漁の解禁を控える漁業者は「魚を買ってもらえるのか」と行く末を危ぶむ。影響は多方面に及ぶ恐れもあり、インバウンド(訪日客)回復に期待する観光関係者や農業者も誘客や輸出の今後に不安を募らせる。


 「子どもたちの代になっても、漁業をしたいと思える環境を守れるのか」。福島県相馬市の漁師斎藤智英さん(42)は22日、船上から海を眺め、将来を想像した。

 父清信さん(70)とカレイやスズキ、メバルなどを取っている。今はシラス漁が最盛期だ。「努力して取った魚に高値が付くのが漁師の仕事」とやりがいを語る。小学5年の長男も「船に乗る」と言ってくれる。「相馬の魚の値段が下がるようなら、仕事の前提が崩れる」と表情を曇らせる。

 漁業者らが懸念する風評被害について政府は約800億円の基金を使い、対策に万全を期すとしている。ただ、方針発表のわずか2日後に放出を始めるやり方は理解に苦しむ。「風評対策も賠償の詳細も説明がない」と不信感が募る。

 福島県いわき市最南部のいわき市漁協勿来支所に所属する共栄丸船長の芳賀文夫さん(71)は、処理水を保管し続ける難しさは理解できるとした上で「海を職場とする者としては今後も反対の立場は崩せない」と語る。

 「隣接する茨城県などからの仲買人が減る」「港の活気がまた失われる」などの不安は尽きない。消費者の安心を得るには、魚の安全性や魅力を発信することが重要だが、「漁師の役目はおいしい魚を届け続けること」という自負もある。「風評被害対策を全力でやってほしい」と国や東電に注文した。

 同市の豊間漁港などに船を持ち、観光客向けに釣り船を営む男性漁師(64)は「どれだけ、反対と言っても国は決めてしまえば流すのだろう」と諦め顔だ。県外客からは「流しても大丈夫か」、「魚に影響は無いのか」などと処理水に関する質問を受けている。「風評被害は既に起こりつつある」と感じている。

 海の恵みを扱う鮮魚店も不安を隠せない。南相馬市で「てつ魚店」を営む鈴木直樹さん(40)は「10年余りかけて原発事故前に近い状態になったのに、逆戻りするのか」と肩を落とす。海洋放出が始まっても、地元産の魚の安全を発信するために販売を続けるつもりだ。「鮮魚店にも影響があることを国は忘れないでもらいたい」と訴えた。


■訪日誘客、輸出に懸念

 海洋放出の影響を危惧するのは漁業者だけではない。

 福島県会津若松市は秋、祭礼や紅葉などを楽しむ国内外の人でにぎわう。コロナ禍前は年間約6千人の外国人が宿泊していた東山温泉は5類移行を受け、客足が回復している。東山温泉観光協会の平賀茂美会長(68)は放出に国際的理解が広まらない場合、旅先として敬遠されないかが気がかりだ。「アジア圏からの誘客への影響が心配だ」と声を落とす。モニタリング調査の結果を国内外に発信するという国に「粘り強い説明と透明性ある発信を続けてほしい」と注文した。

 日本産食品の輸入規制は順次撤廃され、残るのは中国や韓国など7カ国・地域だけだが、放出が再禁止につながる事態もあり得る。伊達市梁川町五十沢地区で「伊達のあんぽ柿」を生産している農業曳地一夫さん(65)は「農産物にも風評が出ないか不安だ」と危ぶむ。あんぽ柿は2019年度にタイやマレーシアに輸出が再開された。「政府が安心安全を叫んでも、各国がどう感じるだろうか。原発事故直後の状況に戻るのではないか」と不安げに話した。

 福島県民の反応も複雑だ。郡山市の会社経営渡辺万里子さん(48)は「地元の旬な食材が一番」と県産魚類をよく買い求める。安全性が確認できるなら放出は仕方ないが、政府は責任を持って説明すべきだと感じている。「安全であるなら今後も変わらず買い続ける」と話した。福島市の会社役員渡辺博之さん(67)は「放出ありきの政府の対応には違和感がある」と疑問を呈した。