福島県の会津大の元理事長兼学長の宮崎敏明が7月31日付で辞任する引き金となったデジタル分野の補助金申請の背景には、宮崎と県の大学運営に対する考え方への違いがあったとみられる。関係者は今後、トップと職員、大学設置者の県が意思疎通を密にして運営の方向性を一致させるのが重要と指摘する。県内外で多くの大学がIT分野を研究テーマに取り込む中、どのような教育を追い求めるのか。柔軟性とスピード感を持って大学運営の在り方を考える対応は急務だ。(文中敬称略)
■再議決
4月下旬、会津大は文部科学省が公募を始めた大学・高専機能強化支援事業への申請準備を進めていた。デジタル分野の人材育成のため、申請書に大学院博士前期課程と後期課程の定員を増やす案などを盛り込んだ。申請書は学内の部局長会議で可決されたが、県は志願倍率が低い大学院の定員増に反対の姿勢を見せた。県の反応は大学関係者の動揺を招いたもようだ。学内で申請を延期すべきとの意見が強まる中、宮崎と事務局は申請書から前期課程の定員増の項目を削除した修正案を作った。
事務局長の阿部俊彦は県の意見を部局長会議のメンバーで共有し、修正案について再議決を提案した。申請締め切り前日の5月23日夕、修正案で申請すべきとの結果が出た。その直後、宮崎は学内手続きに必要な経営審議会と教育研究審議会に諮らず、学長の特命事項を担当する企画運営室を通じて文科省に修正案を提出した。審議会の委員の一人は「過去に報告で済ませる場合もあったが、定員増は大学の核となる部分。しっかりと審議すべきだった」と指摘する。
■問題視
申請から10日後の6月2日、大学に県総務部長名の文書が届いた。後期課程の定員増などが残り、「大学運営の根幹に関わる内容が含まれているにもかかわらず、設立団体である県と事前の協議がなされなかったことは誠に遺憾である」。県からの呼び出しだった。
同6日、副理事長兼副学長の趙強福らが県庁に出向いた。県が問題視したのは、学内手続きの妥当性だった。申請自体は大学の判断だが、大学院の定員を増やすとなれば県予算を増額し、県議会に諮る必要がある。県は申請の取り下げは要求しなかったが「正当な手続きだったのか、再度検討してほしい」と求めた。これを受け、宮崎らは申請を取り下げた。
宮崎を巡っては4月、過去の論文8本の二重投稿や自己盗用が認定されたばかり。これらの事態を受け、大学は7月5日と同10日、理事長選考会議を開いた。「理事長を解任すべきか否か」を議題とする異例の会議だった。
議事内容はメンバーも含め非公開。関係者への取材によると、会議では論文の不正行為と申請手続きについて「解任に相当する職務義務違反には該当しないが、宮崎氏個人と法人代表としての責任は免れない」との意見で一致し、辞任を勧告。宮崎はこれを受け入れ、同31日付で辞任した。
■疑問の声
「あまりにも急で、辞任の理由が十分に説明されているとは思えない」。教員や学生からは今もそんな声が聞こえる。阿部は「論文の不正行為認定と補助金申請の混乱のタイミングが重なり、総合的に審議した」と説明する。
学内外からは「申請手続きが問題ならば、なぜ事務局が制止できなかったのか」との疑問の声も上がる。阿部は「定款に沿って審議会を開催するよう何度も伝えたが、受け入れられなかった。申請は把握していたが学長判断を尊重するしかなかった。(今回の件は)事務局にも責任はある」と釈明する。
懸念されているのが大学改革の行方だ。7月、福島大と東日本国際大が補助金の採択を受けた。福島大はデジタル分野の人材育成強化、東日本国際大は企業のDXなど情報工学に関する新学部創設に取り組む。文科省によると、全国118の大学や高専が今回採択されており、ライバルはますます増える見通しだ。
大学の実情をよく知る関係者は、学長ら理事と、県も含めた事務方が柔軟に意思疎通しなければならないと指摘する。「他大学はどんどん先に進む。会津大もうかうかしていられない」と危機感をあらわにした。