今を生きる 揺れる母親たち(25) 何も信じられない

佐藤さんは放射線量を減らすため玄関の水洗いを欠かさない

 雨の日以外は玄関に水を流す。室内は掃除機をかけた後、水拭きする。週に2回ほど、家庭用の高圧ホースで外壁を洗う作業も欠かさない。
 気が付くと、小学5年の長女、小学2年の長男を迎えに行く時間になる。学年が違うため毎日2回往復しなければならない。いつも何かに追われているような気がする。
 放射線量は横ばいが続いている。県外に避難した同級生もいると聞く。それでも家計や子どもの就学、夫の仕事を考えれば、この地を離れられない。
 福島市の主婦佐藤礼子さん(42)=仮名=は今の場所に踏みとどまることを決めた。
 夫、子どもと家族4人の暮らしは東京電力福島第一原発事故で一変した。梅雨が明け、蒸し暑い日が続いているが、窓はほとんど閉め切ったままだ。
 空気清浄機、除湿器、布団乾燥機を一式購入し、洗濯物は室内に干している。どのくらい効果があるかは分からないが、そうすることで気持ちが少し楽になる。
 子どもには市販の飲料水を飲ませている。水道水は安全と言われても、飲ませる気にはなれない。県内の農家の人たちに申し訳ないと思いつつ、野菜は県外産に手が伸びる。
 子どもの生活も大きく変わった。下校後は、できるだけ家で過ごさせている。縄跳びをしたり、サッカーのボールを蹴ったりできる場所を家の中につくった。テレビゲームも自由にさせている。
 週末は県外に出掛け、外で思いきり遊ばせる。そうしないと、子どもにストレスがたまってしまう。
 子どもたちは、初めの頃は不満を訴えたが、次第に口にしなくなった。
 「育ち盛りなのに、家の中に閉じ込めていいの?」。別の自分が問い掛けてくる。「子どもを守るのが親の務め。この手で守る」と言い聞かせる。2つの思いは心の中でしばしばぶつかる。
 夏休みは夫を自宅に残し、県外の親戚宅に行くつもりだ。長く滞在すると迷惑になるから、1週間ごとに親戚宅を転々としようと思っている。
 「この放射線量なら問題はない」と専門家の1人が言えば、別の専門家は「子どもの健康を考えれば安全とは言えない」と否定する。そのたびに心は乱れ、どちらの話も信じられなくなった。
 「難しい話に振り回されたくない。早く普通の暮らしに戻りたい。今をどう過ごせばいいのか、誰か身近な言葉で教えてほしい」。支えを求めて心はさまよう。
 東京電力福島第一原発事故の収束作業の傍らで、子どもを放射線から守る母親の闘いが続く。悩み、迷い、葛藤する日々の中で発する叫び、願いを追った。