放射線との戦い(3) 責任感じながら 古里で住民と除染に挑む

除染の助言者はかつて原子力研究、行政の中枢にいた。
伊達市が3日に始めた「除染プロジェクト」でアドバイザーに就いたのは、元内閣府原子力委員長代理・田中俊一さん(66)だ。
初日は市内保原町の富成小で住民と共に校舎の洗浄などに取り組んだ。電気かんなでコンクリートの表面を削ると、放射線量は半分になった。
学校や商店街、住宅地に加え、農地や山林でも行うとなれば、長い時間と多額の費用がいる。「根気強く、地道にやっていくしかない」。田中さんは自分自身に覚悟を促すように言う。
福島市に生まれた田中さんは会津高から東北大工学部原子核工学科に進んだ。放射線物理学や放射線防御学が専門で、卒業後は日本原子力研究所に勤務した。日本原子力学会長も務めるなど、一貫して原子力の平和利用を推進してきた。職責に当たっては原子力の危険性や、国際的に注視される軍事利用の可能性というマイナス面も常に意識してきたつもりだった。
それなのに事故で放射能に覆われたのは大事な古里だった。電力会社に、原子力研究者に、油断とおごりはなかったか-。
3月末、仲間と連名で原発事故の対応をめぐる「緊急建言」を発表した。冒頭に「今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします」と記した。原子力をなりわいとしてきた科学者として、謝罪の言葉を表明しなければならなかった。
事故後の国と東電の対応には不満が募った。
直面する危機から住民を遠ざけたのはいいが、将来への希望は示されず、無策なまま時間が過ぎていく。
「古里をきれいにしなければ避難者は帰ることができない」。住民と共に放射性物質の除去に取り組むことを決意した。事故から2カ月後の5月半ば、計画的避難区域に指定された飯舘村の長泥地区で活動を開始した。
土を剥ぐ。屋根を洗う。草を刈る。木を伐採する。ゼオライトに吸着させる...。科学的に効果が実証された対策を講じれば確実に放射線量は低減する。作業で生じる放射性物質を含んだ廃棄物も適切に管理すれば周辺へ影響を及ぼすことは、まずない。田中さんは「放射線量は減らせる。早急に国や自治体が廃棄物の仮置き場を設けるべき」と訴える。
今すぐ福島県から避難すべきと主張する人がいる。科学的な根拠を示さずに不安だけをあおる論調も一部にある。国や東電の情報公開のあり方には国民の側に不信感もある。今だからこそ科学者が丁寧に分かりやすく真実を伝え、住民と共に動く必要性を痛感している。
除染実現には越えなければならない山がいくつもあると分かっている。廃棄物の仮置き場に住民の合意形成ができるのか。どれだけの人手が必要なのか。コストも膨大だ。しかし、伊達市の取り組みで効果が証明できれば、やがて他にも広がると見ている。
住民と共に活動すれば、素朴な疑問や不安にその場で答えることができる。一緒に進む道をつくるのが科学者としての今の自分の責務だと思う。「除染に特効薬はないが、実現できると信じている」