復興への闘い 震災3年の現実(7)第1部 市町村の苦悩 お互いさまの精神

飯舘村と環境省が取り交わした覚書書。冒頭には「福島の復興のために必要不可欠な施設」と明記されている

 飯舘村の復興のみならず、福島の復興のために必要不可欠な施設である―。
 村は平成25年10月9日、東京電力福島第一原発事故の除染に伴い発生する放射性廃棄物を焼却して減らす施設を、村南部の蕨平(わらびだいら)行政区に建設すると発表した。村内の除染で出た土や枝などに加え、福島市や国見町など周辺6市町の下水汚泥や稲わら、牧草の焼却を受け入れる。事業主体の環境省と取り交わした覚書書の冒頭には、施設の意義が強く打ち出されている。
 村長の菅野典雄(67)は会見後、福島市飯野町に置く村出張所であらためて文面を見詰めた。地元住民からは"迷惑施設"とのそしりを受けかねない。建設をめぐり、1年以上にわたる議論の末にこぎ着けた結果が凝縮されていた。「村だけでなく、周辺市町の廃棄物処理が進まなければ、本当の復興ではない。お互いさまの精神が必要だ」
 他市町村の放射性廃棄物を受け入れる施設は県内で初めてだった。菅野の声は高揚感に満ちていた。

 村が環境省の要請に応じて焼却減容化施設を受け入れたのは、除染廃棄物を一時保管する村内の仮置き場確保が難航していたためだ。
 避難区域に設定された村は国の直轄除染地域だ。同省は23年12月、推計データを村に示した。村内の住宅周辺や農地を除染した場合に排出される廃棄物量は287万立方メートルで、必要な廃棄物の仮置き場は140ヘクタール―。住民と協議し、仮置き場は3カ所、計約40ヘクタール分を確保したものの、目標には程遠かった。
 24年9月に村の除染が始まり、同省の見通しの甘さが浮き彫りになる。除染が先行している地域で排出された廃棄物の量が、予想をはるかに上回った。秋の落葉量を見誤り、住民のいない土地で雑草が増えることも推計に入れていなかった。大きな誤算だった。
 「このままではいくら仮置き場があっても足りない」。除染を担当している村復興対策課長の中川喜昭(55)は思案に暮れた。
 同省は確保する面積を当初の2倍の約280ヘクタールに見直した。東京ドーム約60個分に当たる。「仮置き場を少なくするには減容化施設が必要だ。住民に理解してもらうしかない」。中川は腹をくくった。

 村と環境省は当初、村の北部と南部、中央部それぞれに、焼却減容化施設を建設する青写真を描いた。焼却炉を分散させ、村内各地から施設までの輸送を効率的にしたかった。
 1カ所は地権者の了解を得られず、別の1カ所は、事前調査で焼却炉を冷やす地下水が足りないと判明した。25年4月、豊富な地下水を確保できる蕨平行政区が唯一の候補地として浮上した。
 蕨平行政区への説明を控え、菅野には考えがあった。村の仮設住宅がある国見町では、下水処理施設に大量の汚泥がたまり続け、異臭が問題化していた。「村民が避難している自治体の下水汚泥も受け入れてはどうか。お世話になっている市町のためにと村民が思えば、建設を認めてくれるはずだ」。職員は厳重な安全対策を掲げた上で、蕨平行政区の住民に説明を始めた。(敬称略)