第1部 ふくしまの叫び(4) 税金試算 6000万円迫る納期 「運転資金さえない」

「簡単に納められる金額じゃない」。郡山市堂前町で「にいつま歯科医院」を営む新妻学さん(49)は国税納付額の試算表を目にし声を震わせた。
6000万円-。
試算額には過去5年分の所得税などが含まれている。猶予されていた税金が一気にのしかかる。
東京電力福島第一原発事故で川内村から郡山市に避難した。歯科医院の移転再開にこぎ着けたが、厳しい経営が続く。東電から支払われる営業損害の賠償金が頼りだ。
営業損害の賠償金は課税の対象となっている。所得税として賠償金の半額近くを納税しなければならない。原発事故で延長措置が講じられていた国税申告・納付の猶予期限が来年3月末に迫る。
「運転資金さえない。元の生活を取り戻せない」
新妻さんは東京都などの歯科医院勤務を経て平成9年7月、独立した。歯科医が比較的少ない地で地域に根付こうと、出身地の川内村近くの大熊町に新妻歯科医院を開業した。治療技術の高さと親しみやすい対応が評判となり、来院者は右肩上がりに増えた。物心ともに余裕のある生活を手に入れたが、原発事故で一変した。
歯科医院は福島第一原発の南西側約4キロにあった。避難区域となり事業を継続できなくなった。
自らも避難生活を送りながら、郡山市の避難所で診療ボランティアを務めた。「苦しい生活を強いられた人々の役に立ちたい」。避難所が閉じるまで、入れ歯の修理などに打ち込んだ。その後、富岡町が大玉村に設けた仮設診療所で働いた。週2回の勤務をこなすうちに、事業再開への思いが高まった。
大熊町には当面、戻れない。別の場所に歯科医院を設けるしかない。多額の資金が必要だった。迷いはあったが、原発事故で奪われた生活を自力で取り戻したかった。営業損害の賠償金を活用すれば、堅実に経営できると考えた。
移転先は郡山市の中心市街地を選んだ。農村部と比べ歯科医師が多く、経営にリスクを伴う。だが、原発事故で県内外に避難した患者が足を運びやすい場所で再開しようと決意した。
郡山市内の不動産業者などを何度も訪ねた。中心市街地に物件を見つけた。設備の多くは大熊町の歯科医院から持ち出せなかった。避難に伴い3年以上放置していたため、治療中に不具合が生じかねない。放射性物質のイメージが付きまとう懸念もあった。大部分の設備は新たに買いそろえるしかなかった。
大熊町に残る設備の賠償を東電に請求したが、支払額は減価償却の資産評価で約700万円。再開に向けた資金は不足していた。大熊町の中小企業と共に施設復旧を対象とした県の「グループ補助金」に申請した。書類の準備や審査に半年近くかかり、今年3月にようやく採択された。4000万円の補助を受けた。
今年5月に念願の歯科医院を再開した。開業の費用は院内の改装費、機器類の導入費など約7000万円に上った。補助金では足りなかった費用と運転資金として約3000万円を借り入れた。
「生活を再建できる」。順風満帆の日々を取り戻せるはずだった。