(5)【第1部 8年余の歳月】記憶、風化させない 古里の光景、全身で表現

演劇部の仲間と練習に励む新妻さん。引退せず、稽古を続けている=2019年11月22日
演劇部の仲間と練習に励む新妻さん。引退せず、稽古を続けている=2019年11月22日

 劇場などを備える東京都足立区のアートセンター「北千住BUoY(ブイ)」。今年三月、南相馬市小高区在住の芥川賞作家、柳美里さんによる演劇ユニット「青春五月党」による戯曲「静物画」の幕が上がった。

 大熊町出身の演劇部員を演じたのは、広野町のふたば未来学園高三年、新妻駿哉(としや)さん(18)だ。

 ─九歳までの記憶しかないんですけど、あの家と庭には大切な記憶があります。

 満員の観客席に向かって語りかけた。

    ◇  ◇

 畳の部屋で、おもちゃの電車が駅や踏切のある線路を走る。一人で暗くなるまで遊んだ。庭には桜やキウイの木があった。何匹ものセミが止まった柿の木を一蹴りすると、鋭い鳴き声を上げて一斉に飛び立った。

 東京電力福島第一原発事故で失われた古里の光景を全身で表現した。あの日以来、あの場所に帰ったことはない。しかし、台詞を口にしていると気持ちが童心に帰った。大熊の家での様子がまざまざとよみがえり、懐かしさがこみ上げた。

 すすり泣く声が会場に響いた。上演後、観客から「すごく良かった」、「(大熊の自宅で)おもちゃで遊ぶシーンに感動した」と声を掛けられた。ツイッターには称賛とともに「(原発事故が起きた)あの日に引き戻された」といった言葉が並んだ。

 事故から八年余りが過ぎ、記憶の風化が指摘される。だからこそ「今戻れない古里には大切な思い出がある。悪い場所だと思わないでほしい」。東京の観客に伝えたかった強い願いだ。「県外の人と気持ちは共有できたと思う」と確かな手応えを感じている。

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 大熊町は特定復興再生拠点の一部について来年三月に立ち入り規制を緩和し、二〇二二年春の避難指示解除を目指す。ただ、新妻さんはまだ帰ろうとは思えない。一時帰宅も考えていない。「がっかりしたくなくて」と理由を打ち明ける。

 生まれ育った町の復興は心から望んでいる。「古里が無くなってしまうのは悲しい。大勢の人が住めるようになり、東日本大震災と原発事故前のような、のどかな、いいまちになってほしい」。

 だからこそ、人々から原発事故の記憶が失われつつある現状に戸惑う。風化が進み、風評だけが残れば、演劇で伝えたかった思いから遠ざかってしまう。被災地復興への支援が滞る恐れもある。

 高校卒業後は関東地方の大学への進学を目指す。周囲から大熊について聞かれれば、帰還できない現状を素直に伝えるつもりだ。「風化を防ぐには、一人一人の地道な情報発信しかない」。新妻さんはそう信じている。