東日本大震災アーカイブ

今を生きる 新天地・猪苗代で農業 3日、朝市に初参加「地域活性化に役立ちたい」

猪苗代町の畑で野菜栽培に取り組む小松哲さん(右)しめ子さん夫婦

■浪江出身 小松哲さん(71)しめ子さん(72)夫婦

 「被災者だからと、いつまでも下を向いてはいられない」。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故のため、浪江町から猪苗代町に移り住んだ小松哲さん(71)、しめ子さん(72)夫婦は猪苗代町内で畑を借り、野菜作りに励む。3日には、町内の施設で開かれる朝市に初めて参加する。
 哲さんは浪江町出身の元会社員で、定年退職を機に震災の10年ほど前に自宅を建てた。会社員時代は全国各地を転勤して回っていたが、退職後は地元で自然と触れ合いながら過ごそうと考えていたという。
 震災の津波で家は全て流された。哲さん、しめ子さんはそれぞれ、町外にいて難を逃れたが、近くに住む友人らは多くの人々が犠牲になった。原発事故の影響で自宅に戻れず、群馬県に避難するなど、先行きの見えない生活が続いた。
 「せめて福島県内に居を構えたい」と住まいを探し、震災の年の6月に猪苗代町内のリゾートマンションの1部屋を確保できた。避難生活の際に知り合った猪苗代町の農業渡部鶴雄さん(59)から約2アールの畑を借りることができ、念願の畑仕事を始めた。
 小松さん夫婦の働きぶりに、猪苗代町内の住民も感心し、次々と耕作を依頼した。現在は20アールほどまで畑が広がった。白菜や大根などの高原野菜を中心に栽培し、地元のスーパーや物産館などで販売している。
 朝市の開催は畑仕事をする中で依頼が舞い込んだ。小松さん夫婦は「お世話になった猪苗代町の活性化に少しでも役に立ちたい」と参加を即決した。
 小松さん夫婦は「畑で汗を流し、猪苗代湖を眺めながら昼食を取るのは最高の気分。浪江町での農業はかなわなかったが、猪苗代町の人たちの協力で新たな人生をスタートすることができた。猪苗代町に溶け込み、なんらかの形で貢献したい」と前向きだ。

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