東日本大震災アーカイブ

今も変わらぬ使命感 新地駅列車脱線・転覆(上) 田村消防署 吉村邦仁さん 28 郡山

一人でも多くの命を救う、と決意する吉村さん

■とっさの判断 乗客救う
 JR常磐線新地駅で普通列車が津波で脱線・転覆する直前、乗客約40人を緊急下車させ、命を救ったのは警察学校を卒業したばかりの相馬署地域課の斎藤圭(福島市出身)、吉村邦仁(郡山市出身)の両巡査だった。
 あの日から2週間。2人は管内でまだ行方の分からない人の無事を願い捜索に当たった。
【平成23年3月13日付・3面】

 警察官から消防職員に転職して4月で丸3年になる。
 平成25年4月、郡山地方広域消防組合に採用された。念願がかない、昨年末に救急救命士の証しであるワッペンと灰色の制服を受け取った。急病人の搬送は一刻を争う。職種は変わっても県民の生命と財産を守る使命感は変わらない。

■「命を守りたい一心で」

 震災当日、福島市にある県警察学校で初任補修科の卒業式に臨んだ。式後、配属先の相馬署に向かう途中に震災が起きた。まず頭に浮かんだのは新地駅は海に近いということ。一緒に配属になった斎藤圭さんと乗客約40人の避難を誘導した。自分が先頭、斎藤さんは最後尾に立った。
 記憶は鮮明だ。目の前にある多くの人の命。「何とかしなければ」。その一心だった。判断を少しでも誤っていれば津波に巻き込まれていただろう。

■「より最前線に」

 その後は行方不明者の捜索に当たった。大切な人を失った人たちの悲しみに幾度も立ち会った。遺族の悲しみはいかほどか...。
 ある時、思いがよみがえってきた。「命を守る最前線で仕事がしたい」。警察官を志す前は救急救命士が夢だった。大学時代に資格は取っていた。悩み抜いて決断した。
 救急救命士の仕事は技術と知識が、助けを求めている人の運命を左右する。いくら学んでも終わりがない。やりがいを感じている。
 田村消防署管内には東京電力福島第一原発事故の影響を受けた田村市都路町がある。浜通りから避難してきた人も多い。震災と原発事故は今なお"日常"だ。
 俺らも頑張っから、あんたらも頑張れよ-。被災者から掛けられた言葉が耳に残る。人間のたくましさを知った。みんなの役に立ちたいとの思いは募るばかりだ。
 現場でてきぱきと活動する先輩に早く追い付き、一人前になりたい。一人でも多くの命を救うために-。

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