東日本大震災

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【双葉町の双葉厚生病院】突然の避難指示

車両による搬送を一時中止し、病院内に退避する患者や職員。警察官や自衛隊員も一緒にとどまった =3月12日午前9時30分ごろ(双葉厚生病院提供)

■3月12日

【未明、新潟県の災害医療支援チーム(DMAT)が病院に到着】

【午前2時20分、支援チームが重症者4人を救急車で福島医大へ搬送開始】

 医師、看護師が重症患者らへの懸命の治療に当たっている中、新潟の医療支援チームが病院に到着。支援チームが重症患者4人を福島医大に運び、4人は無事手術を受けた。双葉厚生病院では夜を徹した診察・治療が続き、患者は午前6時までに56人に達した。
 当時、福島第一原発は1号機の原子炉格納容器内の圧力が上昇するなど危機的状況にあった。しかし、国や県などからの情報がなく、この時も原発の異常事態を誰1人知らなかった。

【午前6時30分ごろ、警察官が避難を要請】

 午前6時から4回目の対策会議を開いていた時、防護服を身に着けた警察官が院内に駆け込んできた。迷彩服姿の自衛隊員の姿もあり、玄関付近は騒然となった。
 「全員避難してください」。警察官は直ちに避難するよう院長の重富に求めた。重富は言い返した。「なぜ患者を移動させてまで避難しなければならないのか」。警察官から明確な答えは返ってこなかったという。
 菅直人首相が半径10キロ圏内の住民に避難を指示したことを早朝のテレビニュースで知った。「このままでは危険だ」。重富は自力で歩ける患者から避難させることを決断した。

「全然状況分からない」

【午前8時30分ごろ、患者の移動開始】

 県警の指示に従い、自力歩行できる入院患者96人がバスなどの車両6台に分乗することになった。当初、田村市都路町方面につながる288号国道を移動ルートにすると警察に告げられた。それが出発時には、川俣町方面に通じる114号国道に変更になった。理由は分からなかったが、病院に残った職員らは後で合流するから大丈夫と思っていた。
 避難に際し、自衛隊の車両に非常用の食料や医療品を可能な限り詰め込んだ。1台目と2台目に乗った患者35人はいずれも病状に問題がなく、医師、看護師、病院職員は後続のバス4台で後を追う手はずになっていたため同乗しなかった。これが後に混乱を招く要因の1つになる。
    ◇    ◇
 産婦人科病棟では、別の女性の陣痛が始まっていた。ドクターヘリで福島医大に運ぶことにし、副院長の加藤は女性と一緒にヘリが離着陸できる双葉高グラウンドに向かった。しかし、1時間以上待っても来ない。女性の陣痛が激しくなったため、病院に引き返して帝王切開手術を開始し、午前10時ごろ男児が産声を上げた。震災後、2人目の出産だった。母体が落ち着くのを待って薄暗くなった夕方、救急車で福島医大に送り届けた。
    ◇    ◇
 車両による避難開始から1時間後、警察から突然、屋内退避を指示され、3台目以降の車両による避難は3時間余り中断した。この時も明確な理由は示されなかった。避難再開後、午後1時ごろには自力で歩ける患者の車両による避難が完了した。原発の状況は依然分からず、多くの職員は病院にとどまり、残る重症患者40人の救出を県災害対策本部に電話で求め続けた。しかし、ヘリや救急車の数が足りず、求めに応じきれない状態だった。
 午後2時ごろ、重富は県災害対策本部の本部員と電話で話し、原発が深刻な事態に陥っていることをはっきりと悟った。
 本部員「そこで何をしているのか」
 重富「全然、状況が分からない」
 本部員「今、そこにいる状況ではない」
 福島第一原発1号機では格納容器の圧力を下げるため蒸気を外部に放出するベントが行われていた。病院は原発から4キロしか離れていない。県災害対策本部の指示で双葉高グラウンドから自衛隊ヘリで緊急脱出することになり、重症者40人の搬送が始まった。

原発建屋?の破片降る 灰色の煙、病院に迫る

【午後3時36分、1号機で水素爆発】

 ドーンという破裂音が振動とともに伝わる。双葉高グラウンドで患者を自衛隊ヘリに乗せる作業に追われていた職員は耳を疑った。原発の建屋の断熱材とみられる白い破片がパラパラと空から降ってきた。それが何なのかが分からず、触った職員もいた。
 風向きは病院側に変わっていた。灰色の煙が病院に向かってくる。「煙だ。(ホールに)入れ、入れ」。病院の外にいた病院統合担当部長の横山は叫んだ。
 再び避難の中断を余儀なくされ、患者や職員は病院や双葉高の体育館などに退避した。患者や職員全員が双葉高グラウンドへの移動を終えたのは午後5時ごろだった。
 搬送には自衛隊のヘリ7機が投入された。4機目までは二本松市の県男女共生センター、5~7機目は仙台市の陸上自衛隊霞目駐屯地が目的地で、院長の重富や副院長の草野らも患者と共にヘリに乗り込んだ。
 双葉高には比較的容体が安定している患者16人と看護部長の西山幸江(54)ら職員9人が最後に搬送されるグループとして残った。重富が移動中、携帯電話で西山に状況を聞き、驚いた。ヘリはまだ到着していなかった。
 病院が希望した通りにヘリは現着したが、付近の住民らも乗ったため、手配の再調整が必要になったようだった。1時間待っても、2時間が経過してもヘリは来ない。この間、患者と職員は双葉高の茶道室で身を寄せ合ってひたすら待った。午後10時半ごろ、職員が自衛隊員に迫った。「ヘリが迎えに来られないのなら、この寒さを何とかしてほしい」。隊員はどこからかストーブを持ってきた。この時、西山はとっさに思った。「ヘリはもう来ないかもしれない」
 茶道室に泊まる覚悟を決め、男性職員が病院に食料や水、医薬品を取りに戻った。

カテゴリー:3.11大震災・検証

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