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(46)技を極める 大堀相馬焼つなぐ

郡山市に開いた工房で大堀相馬焼きの皿を作る陶

 その工房は郡山市田村町の住宅街の一角にひっそりとたたずむ。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の影響で、浪江町大堀地区から移転した大堀相馬焼の陶徳(すえとく)窯。江戸時代から続く歴史を新たな場所でつないでいく。
 かつてテント製造会社の倉庫として使われていた2階建ての建物は今年4月に改装を終えたばかりだ。1階には浪江から運び出したろくろや粘土の混合器などが並ぶ。大きくて持ち出せなかった焼き窯の代わりに購入した小さな窯2台が据え付けられている。2階の展示・販売スペースには、大堀相馬焼の特徴である「青ひび」や「走り駒」が施された茶わんや湯飲みが緑色に輝く。
 心地よい木の香りが広がる中、陶徳窯11代目の陶(すえ)正徳(42)が真剣な表情で、ろくろに乗せられた粘土と向き合う。「大堀相馬焼は全て手作り。色や形、1つとして同じ物はない」。海外で作陶に触れた経験を持ち、古里の伝統工芸を守り抜くと誓う。

 平成23年3月11日の大震災。陶は浪江町の自宅敷地内にある工房にいた。震度6強の激しい揺れに、2カ月後の「大堀相馬焼大せとまつり」のために製作した湯飲みや皿、つぼは壊れた。
 津波により大きな被害を受けた町内請戸地区で被災者の救助に当たるはずだった翌日、福島第一原発が爆発するのを目の当たりにした。とにかく遠くに逃げなければ...。一足先に郡山市に避難していた両親とは連絡が取れず、さいたま市に嫁いでいた姉を頼り、現地で生活を始めた。印刷会社や自動車オークション会場などでアルバイトを続けた。先の見えない不安に心がふさいだ。

 古里の大堀地区は原発事故による帰還困難区域に指定され、生活を再開する見通しは立っていない。さいたま市から一時帰宅するたびに、次第に荒れていく自宅を目の当たりにして陶芸をあきらめかけたこともあった。
 しかし、工人の持つ遺伝子がうずいたか。300年以上の歴史を持つ伝統工芸を、自分の代では終わらせたくないとの思いが募っていった。郡山市で暮らしていた父富治(75)に相談し、市内での本格的な再開を決断した。
 工房の完成に合わせて今年4月、5年ぶりに県内に戻った。土に触れ、ろくろを回す喜びをかみしめている。「今の自分にできることをやりたい」と前を向く。(文中敬称略)

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