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今を生きる 高校球児思い1つ 仲間の分も頑張る 勝利誓い地元に元気

相双連合の初練習でトスバッティングに励む遠藤剛司主将=小野高屋内練習場

【双葉翔陽 富岡 相馬農「相双連合」初練習】
 「仲間の分まで頑張りたい」。双葉翔陽、富岡、相馬農の三高校の野球部で結成した「相双連合」の初練習が29日、小野町の小野高で行われ、夏の全国高校野球選手権福島大会に向け、一歩を踏み出した。東日本大震災と福島第一原発事故で部員が離れ離れとなり、一時は出場が危ぶまれた選手たちも。再び野球ができる喜びをかみしめながら「相双に元気を届けよう」と活躍を誓った。
 小野高の校庭にある屋内練習場に、ノックやボールを受けるミットの音が響いた。練習に集まった選手15人の格好は出身チームの練習着やジャージーなどさまざま。最初こそ硬さが見られたが、30分もすると緊張がほぐれたのか、ミスに掛け声が飛び交った。
 指揮を執る双葉翔陽高の服部芳裕監督(52)は「連合チームで出るからには勝つ力を付けてほしい」と呼び掛けた。
 「夏の大会に連合チームで出場しないか」。相双連合の主将を務める大熊町の双葉翔陽高の遠藤剛司君(18)ら3年生の部員は4月、服部監督から相談された。震災後、双葉翔陽に残った部員は14人。単独でも出場はできる。しかし、これまで地区大会や練習試合で競ったライバルの富岡高や相馬農高は部員不足で出場は難しい。「野球仲間として連合チームで出よう」。全員の意見が一致した。
 遠藤君は、震災前まで双葉翔陽の主将を務め、東京都内に避難したいとこの遠藤真弘君(17)=3年=に電話で相双連合の話を伝えた。真弘君の転入先の高校には野球部がなく、地方大会への出場さえできない。「応援に行けるまで勝ち残ってくれ」と託された。
 開幕まで公式戦の機会はなく、練習の環境や時間も限られる。「被災したから負けても仕方ないと思われるのは嫌。勝ち続けて約束を果たしたい」。最後の夏に懸ける思いを口にした。
    ◇  ◇
 「やるからには勝ちたい」。相馬市の相馬農高から唯1人参加した八巻健太君(16)=2年=は並々ならぬ情熱を燃やす。
 野球部の練習中に被災し、市内磯部の自宅は津波で失った。自宅とともにユニホームなども流され、残ったのは当日着ていた練習着やグローブなどわずかな品だけ。
 震災前に3人いた部員は全員が県内外に転入学した。諦めきれず、新入生2人と練習を続けていたある日、合同チームの話が舞い込んだ。「必ずポジションを獲得する。でも、相馬農高野球部の一員としての思いは忘れない」。母校の誇りを胸に、新たな仲間と再出発した。
    ◇  ◇
 富岡町の富岡高から1人参加した中村公平君(17)=3年=も特別な思いを胸に初練習で大粒の汗を流した。郡山市出身で、小中学校と野球に励み、人工芝での練習環境に憧れ、親元を離れて富岡高に進学した。1年生の時から新聞配達で生活費を稼ぎ、アパートで1人暮らしをする中、震災に遭った。町の人々の優しさに触れ、卒業後も住み続けたいと考えていた矢先のことだった。
 7人いた部員は散り散りとなり、野球を続けて良いか悩んだこともあった。だが、「町の人々に恩返しをしたい」と相双連合への参加を決めた。「一生懸命プレーして富岡町の人々に元気を届けたい」と誓った。

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