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今を生きる 「復興」器に込める 伝統本郷焼と融合

器に復興への思いを込める吉田さん

【大堀相馬焼窯元 吉田忠利さん47】
 浪江町の大堀相馬焼・竹鳳窯8代目の吉田忠利さん(47)は、遠く離れた会津の地でろくろを回す。会津美里町の会津本郷焼・流紋焼の窯元で丸1日かけ焼き上げた器の肌で、大堀相馬焼の窯元が記す「9頭の馬」が躍動する。
 震災を通して2つの窯が合わさり、新しい焼き物を生み出し始めた。「焼き物をつくり続けることが生きる支え」。古里の復興への願いも託す。
   ◇    ◇
 震災の日、浪江町で即売会を開いていた。強い揺れで作品が音を立てて壊れた。家に戻ると、窯は3基とも割れ、使える状態ではなくなっていた。名人と呼ばれた3代目・吉田安次郎(故人)の作品も跡形もなかった。何が起き、これからどうなるのか、その時は何も考えられなかった。
 福島第一原発事故が起きた直後の3月13日、家族と会津若松市に避難した。中学生と高校生の子ども2人をすぐに市内の学校に転入させた。安心よりも不安のほうが大きかった。「なじみのない土地でどうやって暮らしていけばいいのか」
 京都で大学院にまで進んで焼き物を学んだ。旧県会津若松工業試験場などでの勤務を経て29歳で家業を継いだ。「自分にはこの道しかない」。3月下旬、流紋焼を訪ねた。「職人がろくろを回せないことがどれほど苦しいか」。社長の弓田修司さん(45)は迷わず受け入れた。
 9頭の馬は「馬9行久(うまくいく)」との縁起を担ぐ大堀相馬焼の意匠だ。流紋焼の職人として働き始めて1カ月ほどたった4月中旬、弓田さんに会津本郷焼の器に馬9行久を焼き付けることを提案した。馬が勇壮に駆ける姿に郷土の復興を懸けたかった。
 吉田さんがろくろで形をつくり、馬の図柄を貼る。流紋焼の職人がうわぐすりを掛けて焼き上げる。熟練の技が重なり合い今月中旬、最初の作品が完成した。今後、流紋焼の店頭や首都圏での販売会などに出品する。「皆様の幸せと復興にかける思いを込めて製作した縁起の良い器です」。中にはそんな添え書きを付けるつもりだ。
    ◇   ◇
 大堀相馬焼の21の窯元は震災後、全国各地に散り散りになった。震災が起きるまでは組合の理事を務めていた。
 原発事故で警戒区域になった町でこの先、窯を再開できる日は来るのか。その答えは見つからない。このまま会津にとどまることも考えている。それでも、職人が職人として生きていける、今はそのことが何よりもうれしい。

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