東日本大震災アーカイブ

今を生きる 1日限りの喫茶店 「故郷で開店したい」夢かなわず

コーヒーを振る舞う大村さん

■富岡の大村武夫さん
 「はい、お待ちどおさま」。郡山市の特別養護老人ホームスプリングガーデンあさかに11日、1日限りの喫茶店がオープンした。マスターは母が入所している富岡町の自営業大村武夫さん(68)。4月に町内に喫茶店をオープンするはずだったが、震災が夢を奪った。この日、施設の「いずみ祭」に合わせ、来場者にコーヒーを振る舞った。「初めてお客さんに自分のコーヒーを飲んでもらえた」と笑顔を見せた。

■母入所 郡山の特養で実現
 富岡町で平成7年にコイ料理店「田んぼ」を始めたが、年齢と体力面を考え、喫茶店への転身を決めた。思い描いていたのは、お年寄りがカラオケも楽しめる憩いの場所。店のリフォームを終え、カラオケ機器もそろえた。しかし、東京電力福島第一原発事故が起きた。
 現在は市内の借り上げ住宅で1人暮らしをする。本格的なコーヒーを出すため、コーヒーコーディネーターの通信教育を昨年12月から受けていた。東日本大震災で中断したが、避難後も勉強を続け5月末に資格を取得した。施設側の厚意で出店が決まった。
 施設のエプロンにコーディネーターの金色バッジを輝かせる。注文を受けると、一時帰宅で持ち帰ったコーヒーの専用機材に向かう。「温度や入れるタイミングで味が変わってしまうんです」と、手際よくウインナコーヒーやカフェオレをカップに注ぐ。7種類のこだわりコーヒーが味わえる店内には多くの人が足を運んだ。
 来場者から「系列店に負けないくらいおいしかった」と声を掛けられた。手応えとむなしさが込み上げた。大村さんは「今はただ、多くの人に飲んでもらいたい」と語る。この日、入れた1杯で、また少し夢に近づけた気がした。

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