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【攻防 電力マネー6】 新たな税収を模索 県の台所事情厳しく

核燃料税導入時に作成した資料の写しを手にする早川氏

 福島市の元県職員早川範雄(79)は、ある書類を30年以上にわたって大切に保管している。県が核燃料税を創設するに当たって、自治省(現総務省)などに説明した資料の写しだ。作成は昭和52年。東京電力福島第一原発は1号機から3号機までが営業運転を始めていた。
 「発電所立地に伴う負担を強いられながら、若干の税納付を除き、直接的に何ら恩恵を受けていないことは県民感情として割り切れない」
 資料には新しい税の必要性を訴える言葉が並ぶ。課税の仕組みや、原発立地に伴う県の出費、立地地域の町村の状況などを事細かに記している。
 早川は核燃料税を導入する際、税務課長として陣頭指揮を執った。「県にとって核燃料税は、なくてはならない税だった」。少し黄ばんだガリ版刷りの冊子を手に当時を思い起こす。

 ■貧乏県
 昭和50年度の県税収入の実績は約490億円。当初予算より30億円近く落ち込んだ。石油ショック、狂乱物価以降の景気低迷が続いていた。早川は県の台所事情を説明する。「貧乏県だったので、もともと県税収入は少なく、それだけに影響は大きかった」
 景気以外の要素もあった。翌51年夏に知事逮捕まで発展する汚職事件などで県政への不信が高まり、税金の滞納が増えていた。税収が期待できる企業誘致も簡単には進みそうになかった。
 原発の本格的な立地を受け、県は避難道路の整備や環境放射能モニタリングなどの対応を求められた。原発関連の収入源である電源三法交付金制度は既に49年度に始まっていた。しかし、市町村の体育館や文化施設などには交付金を使えたが、広域的な道路づくりなどの県事業は事実上、交付金の対象外だった。

 ■二重課税の懸念
 そんな頃、同じ原発立地県の福井県が新税の導入手続きを進めているという知らせが飛び込んできた。原発で使用するウラン燃料の価格に課税するという画期的な手法だった。
 だが、本県の担当者は簡単には飛び付けなかった。電源三法交付金の元手は、国が電力会社に対し、販売電気の電力量に応じて課す電源開発促進税だった。核燃料税はこの税金と重なる懸念があった。「二重課税にはならないのか」。税務課内で議論した。最終的には核燃料という特殊性に注目し、「課税は可能」と結論付けた。
 51年10月、福井県は全国で初めて核燃料税の創設許可を自治大臣から受けた。相前後して本県も導入に向けた具体的な取り組みを加速させた。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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