東京電力福島第一原発事故による避難区域の被災者と東電との本賠償の合意が進んでいない。本払い1期分(昨年3~8月)の支払い完了件数は11日現在、1万3000件程度(約350億円)で、請求書類を発送した約6万件に対し、2割程度。東電の賠償基準への不満が根強い上、住宅・土地の価値減少への賠償基準が決まっていないことなどが要因とみられる。原子力損害賠償紛争解決センターで和解にこぎ着けたのは、わずか2件と低調だ。
■基準なし
「避難区域にある家を東電に買い取ってほしいが、請求書類に買い取りの基準などが示されていない」「避難後に買った車の代金を請求したが、賠償できないと言われた」。県の原発事故賠償の相談窓口には、賠償が進まず、いら立ちを募らせる被災者からの電話が寄せられている。
東電福島地域支援室などによると、避難に掛かった交通費や宿泊費などの支払いは東電が担当社員を増員させたことから、12月8日現在の2900件(約67億円)から1カ月で大きく進んだ。
だが、劣化した住宅などの財物価値の減少への賠償などについて東電が算定基準を具体的に示しておらず、合意が難航する事例は多い。双葉町のように、東電の賠償基準に納得できず、独自に損害賠償の準備を進めるなど、請求そのものを控えるケースもある。
県は財物価値の減少への賠償について、工程表を含めて新たな基準づくりを進めるよう東電に要請しているが、東電は「国による除染や区域見直しの方法が明らかになっていない。国などと議論して検討したい」の1点張りだ。
南相馬市小高区の農業男性(59)は「家や土地など資産価値がゼロになる人もいるだろう。事故から1年近くたつのに賠償の考え方が示されないのはおかしい」と指摘する。
■2件のみ
弁護士が被災者と東電の協議を仲立ちする文部科学省の原子力損害賠償紛争解決センターは昨年9月の発足以来、約570件の仲介申し立てを受け付けた。しかし、和解に至ったのはわずか2件。原発事故による損害の算定は前例がなく、和解案を作成するのに手間取っているのが主な原因とみられる。
このため、センターは被災者からの申し立ての多いケースについて独自の賠償基準を設定する方針だ。避難が大きな負担となった高齢者と障害者の精神的損害の賠償額積み増しや、放射性物質に汚染された住宅の価値減少分の補填(ほてん)などを想定している。しかし、被害額の算定の仕方をめぐり、弁護士同士の意見がまとまりきっていない。
■限界
昨年12月からは2期分(昨年9~11月分)の本賠償の受け付けも始まった。東電は仮払いの対象者に、1期、2期それぞれ約6万件、計約12万件の請求書類を発送した。しかし、今月11日までに返送されてきたのは1期、2期合わせて4万7000件で、全体の4割弱。
東電は賠償についての情報や相談窓口が少ない県外避難者に未請求が多いとみて、電話やはがきによる周知を急ぐが、経費や人員には限界がある。東電福島地域支援室の社員は「人員が足りたとしても、賠償請求は任意のため『請求してください』と頻繁に電話するわけにもいかない」と説明する。
【背景】
東京電力は昨年9月、福島第一原発事故の避難区域の住民を対象に、避難に要した費用や精神的損害などを支払う本賠償の受け付けを始めた。請求書類が約60ページに及ぶことなどから、「分かりづらい」とする指摘が寄せられた。毎月10万円を基本とする避難者の精神的損害に対する賠償額が事故から半年以降、半減することに批判も出た。このため、東電は請求書類の簡素化を進め、賠償額の変更も見送った。昨年8月には、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が家屋や土地などの財物価値の減少への賠償を認めた。
政府が東京電力福島第一原発事故による避難区域を見直すのを受け、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は新たな賠償の基準づくりを進める。しかし、賠償基準をどう算定すればいいのか頭を悩ませる。一方、個人事業者・法人への賠償支払いは、「東電の賠償基準に納得できない」として進んでいないケースが目立つ。
■課題山積み
政府は警戒、計画的避難区域を見直し、4月1日にも年間線量に応じて「避難指示解除準備」「居住制限」「帰還困難」の3区域に再編する。しかし、帰還時期が異なる3区域の賠償基準をどうするかが大きな課題だ。
放射線量の違いによって元の生活環境を取り戻すのに個人差ができるため、支払いを続ける期間をどう認定するかも焦点になる。原子力損害賠償紛争審査会の事務局は「避難区域の見直しまで残り2カ月半。賠償の追加の指針づくりが間に合うかは未定だ」としている。
富岡町の建築士の男性(50)は「戻れないなら家や土地を全面的に賠償してもらい、新年度から新しい生活を始めたい避難者は多いはず。区域見直しに合わせた賠償の基準がいまだ示されていないのは遅い」と困惑する。
■不十分な基準
東電は昨年12月までに避難区域を含む県内約2万件の個人事業者・法人に賠償請求の書類を発送したが、支払い済みは、約8100件(約1594億円)と4割程度だ。東電が示した賠償基準に依然、不満がくすぶる。
学校法人の賠償はサービス業とみなされ、昨年9月以降の減収分は「原発事故が原因」として全額が支払われる。しかし、昨年8月末までの分は「地震の影響がある」として、減収分の3%が賠償の対象外となっている。
これに対し、県私立中学高校協会事務局は「学校の児童・生徒数の減少は原発事故が原因なのは明らかで、差し引くのはおかしい」と反発。東電に対し、原発事故発生後の減収分全ての賠償請求を求める考えだ。
県建設産業団体連合会も東電との協議が進んでいない。避難区域の指定で中止された工事代金、風評被害で使えなくなった資機材など建設業界特有の事情に対応した基準がないため、思うように請求が進まないという。同会事務局は「昨秋から基準をつくるよう東電に申し入れているが、具体的返答がない」と東電を批判する。
(カテゴリー:3.11大震災・断面)