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今を生きる 復興願い桜の石碑 2000本見頃 村民の目印に 亡き長男の名刻む

満開の桜に囲まれた敷地に石碑を建てた会田さん

■飯舘村伊丹沢の農業 会田征男さん 66
 東京電力福島第一原発事故で全村が計画的避難区域に指定された飯舘村伊丹沢の農業会田征男さん(66)が自宅の敷地に植えた2000本の桜が3日、見頃を迎えた。会田さんは3月、桜を見渡す敷地の一角に「復興の桜 村民の絆づくり」と刻んだ高さ3メートルほどの石碑を建立した。「避難でばらばらになった村民が、いつの日か戻る時の目印になれば」
 養蚕を営んでいた会田さんは平成10年、たくさんの桜が村おこしにつながればと、桑畑だった約2ヘクタールの敷地に桜の苗木をまず、100本植えた。毎年数を増やし、14年には7ヘクタールの敷地にソメイヨシノとオオヤマザクラ2000本が並んだ。「3000本まで増やし、東北一の桜の名所にしよう」と春が来るたびに山里に映える桜の姿に胸を躍らせていた。
 東日本大震災と原発事故で村の生活は一変した。JAそうま営農経済担当常務理事を務める会田さんは、相馬市の借り上げ住宅に避難し、管内で被災した農家の支援に追われた。忙しい中、毎週のように自宅に戻り、桜の手入れに汗を流した。昨夏、妻のツタ枝さん(65)と話し合い「避難を続ける村民が集う場になれば」と桜の近くに石碑を建てることを決めた。
 小山を覆うような満開の桜に、一時帰宅で訪れた村民は足を止め、村内をパトロールする見守り隊の隊員が目を細める。石碑には17年に交通事故で亡くなった会田さんの長男正善さん=当時(37)=の名前が刻まれている。「いつからか桜の世話が息子の供養につながる気がしている。私が死んでも桜は50年、100年と咲き続ける。孫や村民が桜を見て、少しでも穏やかな気持ちになってくれれば」。会田さんは山里に淡く広がる桜を見上げた。

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