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【安全への問い掛け11】燃料搬出の「約束反故」 事故後の行き先定まらず

福島第一原発の敷地内に完成した使用済み燃料の共用プール=平成9年10月

 県原子力安全対策課長の小山吉弘(59)ら県職員と原発立地4町の担当者は14日、東京電力福島第一原発4号機の使用済み燃料プールの状況を確認した。使用済み燃料は今後、敷地内にある共用プールに移される見通しだ。
 共用プールは各号機から出た使用済み燃料を一時、保管するため、平成9年に完成した。東日本大震災と福島第一原発事故の発生時、保管されていた使用済み燃料(燃料集合体)は6375体あった。共用プールは外部電源を喪失し、一時は水温が上昇したが、仮設冷却設備などによって水温を下げ、現在は安定を保っている。共用プール内の燃料集合体そのものに被害はなかった。

■疑念
 小山が課長を務める原子力安全対策課は事故当時、県庁西庁舎8階にあった。その部屋のロッカーに共用プール建設にまつわるA4判の文書1枚が残されている。日付は平成5年2月12日。差出人として、資源エネルギー庁の当時の担当課長名が記されている。
 文書は「使用済み燃料を原発に、ためこまずに運び出すことを国が約束した」と県が解釈している内容だ。福島第一原発の共用プール建設に県と立地町が事前了解した大きなよりどころの1つだった。
 「国から一筆を取ったのに、ひっくり返るなんて...。当時の職員は信じられない思いだっただろう」。現在の県幹部は、県が国の原子力政策に不信感を抱く原点となった文書を見詰める。
 国は原子力政策の基本方針である原子力長期計画(長計)を定めている。昭和31年からほぼ5年に1度、改定されてきた。
 平成6年版の長計の策定作業は、4年から原子力委員会専門部会で始まった。県と立地町が福島第一原発の共用プール建設に事前了解を出したのは、5年4月だった。
 「国は、県と立地町の事前了解の行方を見ながら、新しい計画の内容を着々と固めていたのではないか」。新長計が発表された当時、県幹部は、そんな疑念を持った。

■改定の真意
 「民間第二再処理工場は...2010年ごろに再処理能力、利用技術などについて方針を決定する」。6年に原子力委員会が発表した原子力長計の文言は、第二再処理工場の建設時期が当初予定よりも遅れることを示していた。
 建設が遅れれば、福島第一原発の共用プールで保管する使用済み燃料が増え続けることを意味する。「まさか、何かの間違いだろう」。県と立地町は共用プール設置を了解するに当たって、原発からの使用済み燃料運び出しの確約を国から取った。「約束を反故(ほご)にされた」。県幹部や担当者はそう受け取った。
 国に対する県の信頼は大きく揺らいだ。当時の県原子力安全対策課長の音高純夫(66)は、資源エネルギー庁に問いただすように上司から命じられた。
 だが「一筆」を書いた担当課長は既に異動していた。計画に県と立地町の思いがなぜ反映されなかったのかは結局、分からずじまいだった。
 原子力委員会がまとめる長計づくりに県が口を出す権限はない。「約束した通りに進んでいると信じるしかなかった」。音高の前任課長で、一筆を取るために奔走した松井勇(71)は今も国の真意を測りかねる。「われわれは原発が使用済み燃料の墓場になることを恐れた。県民の安全を考えるからだ。だが、結局は国の思惑でしか動かなかった」
 やり場のない思いは、県の担当者の間で暗黙のうちに引き継がれ、トラブルや事故が起きるたびに国への不信や不満となって強く表れた。

■再利用と廃棄
 使用済み燃料を再処理する青森県六ケ所村の再処理工場は今秋に本格操業を目指す。だが、順調に進むかどうかは見通せない。
 国はこれまで、全ての使用済み燃料を再利用する「全量再処理」を掲げてきた。原子力委員会は5月、再処理と地中廃棄を併存させることが「政策として柔軟性がある」との評価をまとめた。提言を受けて政府は新たな使用済み燃料の処理の在り方を探る。
 福島第一原発の事故当時、各原子炉や使用済み燃料プール、共用プールにあった1万4225体の燃料集合体の多くは今もその場所に残る。1~3号機の原子炉にあった1496体の中には、溶融した燃料があると推定されている。廃炉の際に、これらの燃料が福島第一原発から、いつ、どこに向けて搬出されるかのは固まっていない。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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