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【推進と悔恨のはざま11】設計の基本変わらず 津波対策不備の一因

津波で水に浸かった福島第一原発1号機の非常用ディーゼル発電機=東京電力の「社内事故調」の最終報告書より

 強い揺れを感じた瞬間、東京電力元常務の二見常夫(69)はかつて勤めた福島第一、福島第二の各原発が脳裏に浮かんだ。「電源は大丈夫か」
 昨年3月11日、神奈川県二宮町の自宅にいた。報道は、刻一刻と変わる原発の厳しい状況を伝える。二見は旧知の技術者の年賀状を書斎から引っ張り出した。東電から依頼があれば、現場を熟知するOBのベテラン技術者を紹介する心積もりだった。

■川と海 
 原発を設置するには大量の冷却水を確保する必要がある。
 米国の多くの原発が内陸の大きな川沿いに立地しているのに対して、海岸線に恵まれた日本の原発は、全て海沿いに設置されている。
 福島第一原発の各基の原子炉設置などを請け負った「主契約者」は、1号機が米国のゼネラル・エレクトリック(GE)だった。2号機と6号機はGE・東芝の2社、3号機と5号機は東芝、4号機は日立製作所がそれぞれ単独で担当した。
 主契約者が変わっても、基本設計はGE製を手本にしている。建設当時、津波など日米の自然災害の差は、機器の配置にまでは考慮されなかったとみられる。
 米国式を踏襲した結果、1~4号機の非常用ディーゼル発電機の多くが、原子炉建屋より海側に位置するタービン建屋の地下1階に置かれた。非常用発電機の電力を各機器などに分ける電源盤も同じく地下にあった。
 これらの機器は、東日本大震災の大津波で水没し、1~4号機は原子炉を冷却するために必要な全電源を失うという致命傷を負った。
 二見は「6号機以外は、出力が小さいために原子炉建屋のスペースが狭く、米国式同様にタービン建屋に置いたのだろう」と推察する。
 一方、6号機は冷却に海水を使わない空冷式の非常用ディーゼル発電機と電源盤を、海抜13.2メートルの高台に建てた別の建屋に増設し、津波の難を逃れた。5号機は6号機と母線でつながっており、これが5、6号機の冷温停止を可能にした。
 2号機と4号機にも、海抜10.2メートルに建てた別の建屋内に、空冷式の非常用ディーゼル発電機が1台ずつ増設されていた。しかし、地下にあった電源盤が海水に漬かり、動かなかった。

■出発点 
 二見は平成9年から12年まで福島第一原発所長を務めていた間、原発の電源喪失を最悪の事態として懸念していた。
 だが、当時、東日本大震災のような大津波は想定には入っていなかった。「何によって電源を喪失するかは想定が難しかった」と話す。
 東電は原子炉冷却や、水素爆発に対する備えを講じていないわけではなかった。消火系配管を使用した原子炉への水の注入、格納容器の破損を防ぐベントなどは国の指示を受けて対策を取った。
 ただ、津波など自然災害への抜本的な対策の見直しには至らなかった。津波被害を受けないように、一部のディーゼル発電機とバッテリーなどの非常用電源や、電源盤を別の建屋や高台などに設置しておけば、電源喪失と炉心溶融を回避できた可能性はあった。
 二見は当時の"限界"を打ち明ける。「設備の材料の研究、経年対策など技術的な部分は手を尽くしたつもりだ。だが、設計など基本的な部分は変えられなかった。GEの設計を信頼し、学んでいた...」
 米国式の設計思想を出発点とし、そのまま大きく変わらなかったことが、結果として津波対策の不備につながる一因となった。(文中敬称略)

カテゴリー:3.11大震災・福島と原発

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