■大森東さん65
「松川浦の青ノリを途絶えさせるわけにはいかない」。ノリの養殖を営む相馬市の大森東さん(65)は11日、海面から2メートル近く突き出た竹の柵に次々と網をひもで取り付けながら、自分に言い聞かせていた。
養殖は自分で3代目。父親が若くして病死し、15歳で家業を継いでから、ひたすらノリを育ててきた。海の恵みを自分の手で収穫できる実感がたまらない。多くの人に愛される地元の特産品づくりに携わる誇りを感じてきた。価格が下がって苦労する年も多かった。最近は価格が安定してきて「よし、これからだ」と思っていた。
東日本大震災の津波で養殖施設、収穫用機器、舟全てが流された。途方に暮れていたところに、原発事故による放射性物質の問題が追い打ちをかけた。
自粛が続く養殖の再開までどれほど時間が必要かは見当がつかない。原発事故の風評被害が消え、本当に売れるようになるのかも分からない。
それでも、諦めてはいない。種場維持は養殖再開に欠かせず、休むことはできない。長年、続けてきた作業だ。津波で失った機器は少しずつ買いそろえ始めた。特産品が復活すれば、土地を離れた若い人たちも戻ってきてくれるはずだ。「おいしいノリがたくさん採れ、売れるようになる時がきっと来る」。再開の日を夢見て、今は歯を食いしばって頑張るしかない。
(カテゴリー:連載・今を生きる)