東京電力福島第一原発事故によって古里を追われた避難住民、放射性物質に気を使いながら生活する県民の一部は東京電力の損害賠償の現状に不満を漏らす。
二本松市の仮設住宅に避難している浪江町の高野紀恵子さん(57)は「故郷を奪われた苦しみの賠償が月10万円では少な過ぎる」と嘆く。
自宅のある町樋渡は居住制限区域となっている。ガスの検針や集金の仕事も奪われた。今は就労補償が頼りだ。元気だった母は避難生活中に亡くなった。「震災がなければもっと長生きしていたのに」との思いは強い。
「たとえ何億円積まれても元の生活は帰ってこない。お金では解決できない」と話す。その上で「復興するまでは苦しみが続く。もう少し賠償額を増やしてもらわないと現状に見合わない」と目を伏せた。
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福島市土湯温泉の「山水荘」企画室長の渡辺利生さん(26)は「震災から間もなく丸3年を迎えるが、関東圏を中心とした県外客が半減したままだ」と嘆く。
県内客は震災前の状態に戻りつつあるが、県外客の減少で全体では7割程度までしか回復していない。東京電力から営業損害の賠償を受けているとはいえ、失った顧客は戻らない。賠償がいつまで続くかも分からず、不安は解消されない。
今年になり、関東圏から教育旅行の問い合わせが入った。200人規模だったが、最終的に放射性物質の影響を不安視する保護者が反対し、立ち消えになったという。「風評被害の根深さをあらためて実感した」と振り返った。今後は温泉街が一体となり、新たな魅力づくりに取り組む必要性を強く感じている。
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会津若松市の仮設住宅で避難生活を送る大熊町の無職佐藤右吉さん(74)は、家屋と土地の損害賠償を請求した。請求額の8割近くが支払われた。しかし、想定よりかなり下回った。「今後の生活の蓄えとなる重要なお金だが、決して多くない」と嘆く。
同じく避難生活を送る町民の中には、広大な土地を所有し、請求や東電の算定に時間がかかり、支払われていない人たちもいるという。
「帰還を諦め、新たな土地に移り住もうと決めている。(この賠償額では)不安が残る」とため息をつく。
(カテゴリー:震災から3年)