東日本大震災アーカイブ

今を生きる 県内唯一の「自主夜間中学」運営 学び直し応援 公立設置願い活動続ける

渡辺さんに英語を教える大谷さん(左)

■福島の薬剤師 大谷一代さん 51

 勉強したい人の気持ちに応えたい-。福島市の薬剤師大谷一代(いちよ)さん(51)は県内唯一の「自主夜間中学」を運営し、さまざまな事情で小中学校で満足に学べなかった人に勉強を教えている。東日本大震災が起きた際は避難所や仮設住宅を回り、子どもが学習する場を設けた。「修学の機会を逃した人は多いはず」。公立夜間中学の設置を願い「授業」を続ける。
 「ドゥ ユー プレイ ザ ピアノ?」
 「『プレイ』は『弾く』という意味にもなるんですよ」
 「初めて知った」
 福島市の無職渡辺宏司さん(75)は中学英語の教科書に目を輝かせ、大谷さんの説明に聞き入る。渡辺さんは幼少のころ、戦後の混乱で思うように勉強ができなかった。高齢になり、もう学ぶ機会はないのかと諦めていた時、夜間中学があるのを知った。通い始めて1年半ほどになる。渡辺さんは「学習したい気持ちは若いころよりあるのに、なかなか覚えられない」と、英文の書き取りを繰り返す。
 「自主夜間中学」は「福島に公立夜間中学をつくる会」が運営し、大谷さんが代表を務める。登録会員は退職した教員ら約20人で、会員の会費などで賄っている。毎月2回、福島市曽根田町のMAXふくしま4階に入るアオウゼに「福島駅前自主夜間中学」の看板を掲げる。
 大谷さんには4年前に44歳で他界した弟がいる。中学時代に不登校になった。「弟のような人を1人でもなくしたい」。つくる会を発足させ、平成23年1月に開校した。
 2カ月後に震災が起きる。教室が使えなくなり休校を余儀なくされた。浜通りなどから避難してきた住民の避難所や仮設住宅を回った。学校に通えない児童に勉強を教えた。被災した施設が復旧し、同年5月に運営を再開した。
 「自主夜間中学」には市内を中心に約20人の生徒が登録している。小中学校に通えなかったお年寄りや家庭の事情で勉強できず、学び直したいという人が多い。いじめや不登校の理由で通った子どももいた。
 授業では主に中学校の教科書を使う。登録会員のうち6人がボランティアで先生役を務める。交代しながら生徒の習熟度に応じて個別に教えている。一般的に公民館や学習センターで開かれている勉強会よりも基礎的な内容を、時間をかけて指導するのが特徴だ。
 夜間中学を希望する人に追い風が吹く。文部科学省は今年7月、各都道府県に公立夜間中学を最低でも1校設置できるよう自治体に財政支援する方針を固めた。県教委は公立夜間中学の設置検討に向けた調査を始める。
 大谷さんは「学習する機会に恵まれない人は各地にいる。公立の夜間中学設置に向け、県には、きめ細かな調査を望む。1人でも多くの人に手を差し伸べてほしい」と語る。

■福島のアオウゼで月2回
 小中学校の学習範囲を無料で学べる。毎月2回、福島市のアオウゼで開いている。主に金曜日の午後6時から同8時まで。今後の予定は11月14日、28日、12月12日、26日、来年1月9日、23日。問い合わせは、代表の大谷一代さん 電話090(2025)5287へ。

※夜間中学 義務教育を修了できなかった人のために、主に市立や区立中学校が夜間に開設する学級。大阪や東京など大都市部を中心に8都府県に31校設置されている。戦中戦後の混乱で義務教育を修了できなかった中高年層が主な対象だったが、平成25年5月時点では生徒総数1879人のうち1442人が外国人となっている。

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