東日本大震災

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「復興フラッグ」存続へ 交流のシンボル防災緑地に

新地町の釣師地区にある県道交差点でなびく「復興フラッグ」

 東日本大震災の津波で被災した新地町の釣師浜近くの県道交差点に復興、交流のシンボルとして掲げられてきた手作りの旗「復興フラッグ」が、町の復興事業で整備される釣師防災緑地でも継続して掲げられる見通しとなった。17日、加藤憲郎町長が有志による存続プロジェクトの要望に応え、「みんなの思いのこもった旗を残していきたい」との意向を示した。
 復興フラッグは震災直後、同町で活動していた自衛隊員が震災がれきの中から見つけた日の丸を掲げたのが始まりとされる。沿道で力強くはためき、かつての街並みを失った被災地の目印、復興の象徴として住民らに希望と勇気を与えてきた。雨風にさらされて傷んだり、強風に吹き飛ばされたりしたが、その都度、更新してきた。
 今年の元旦、同町の松浦信明さん(37)らバイク仲間がボロボロになった旗の代わりに"四代目"を掲げた。大勢の住民の笑顔をイラストで描き、「頑張ろう!新地」と復興を願うメッセージを記した。
 インターネットで交流サイト「復興フラッグの下へ...」を立ち上げ、ライダー仲間に応援旗の情報を発信した。海岸清掃に取り組む地元ボランティア「しんちビーチク隊」などと交流し、全国各地のライダーが清掃活動や町の植樹祭に参加するきっかけにもなった。
 沿岸で進む復興工事に伴い、旗の掲揚存続が危機にあった。松浦さんらは全国各地のバイク仲間を中心に呼び掛け、1カ月ほどの間に4563人分の署名を集めた。松浦さんら代表5人が町役場を訪れ、加藤町長に要望書を手渡した。同隊の川上照美代表(39)らが立ち会った。
 加藤町長は「皆さんの気持ちを重く受け止めたい。一緒に町を盛り上げてくれることをうれしく思う」と述べた。松浦さんは「復興フラッグが多くの人を結んでくれた。沿岸の姿が変わってもみんなが集うシンボルとして存続させていきたい」と話している。

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