東日本大震災

「福島をつくる-未来への挑戦」アーカイブ

  • Check

福島をつくる(68) 第5部 酒づくり 海外進出㊤ 本物出せば売れる

オランダの新聞に掲載された大七酒造の記事を懐かしそうに手にする太田

 二本松市の大七酒造社長・太田英晴(55)は「Sake is sexy」の見出しが躍るオランダの新聞を広げた。平成20年に同国で開かれたワイン国際見本市に初めて日本酒を出品した同社を大々的に報じている。「ブランド力を磨き、認知されてきた結果」。誇りを胸に静かに語った。
 県内の蔵元に先駆け、8年から清酒を輸出してきた。今では海外の日本料理店だけでなく、現地のレストランや小売店にも並ぶ。22年と25年にはオランダの宮殿で開かれた晩さん会でも愛飲された。「欧米で日本酒が受け入れられてきた今の状況は、売り込みを始めた当時は想像もできなかった」

 太田の海外進出の原点は、4年にフランスの有名ワイナリーを巡った時の体験にある。当時、世界に認められたフランスワインは雲の上の存在だった。しかし、日本の酒蔵と規模は変わらず、道具や発酵技術など共通点が多いことに気付いた。「それなのに、なぜワインは世界で売れて日本酒は無名なのか」。悔しさが込み上げた。
 4年後、会津若松市の末廣酒造など全国の蔵元十数社と欧米でのセールスを始めた。「日本酒にも高級ワインに匹敵する魅力がある。それを証明したい」。その一心だった。
 まずは日本酒への理解を得るため、セミナーを企画した。現地のソムリエなどを招いた試飲会の反応はまずまずだったが、なかなか注文には結び付かなかった。「直接、売り込むしかない」。ニューヨークなどで日本料理店を一軒一軒回る営業活動に乗り出した。
 3年ほどがたち、徐々に注文が舞い込んだ。日本食がブームになり始め、「SAKEバー」も増えていた。売り込み先を現地の日本人から外国人に変えた。
 「香りが華やかな吟醸酒が受け入れられやすいだろう」。当初はそう踏んでいた。だが、純米酒などの反応も悪くはなかった。大七酒造の生酛(きもと)造りの酒は「しっかりした味わい、ボディーがある」と評判を呼んだ。「本物を出せば、どの国でも売れる」。太田は手応えをつかんだ。

 流通にもこだわった。商品を冷蔵コンテナで送り、品質管理を徹底させた。日本での販売価格の1・5倍までに抑えることを目標に全て自前で行い、商社などを通す中間マージンを省いた。
 米国で受け入れられると、次第に欧州の和食やフランス料理のレストランでも提供されるようになった。それを追い掛けるように香港、台湾などのアジア市場でも売り上げを伸ばした。現在、約20カ国に輸出している。販売額は10年間で3倍近くになった。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の風評でアジアでは一時売り上げが落ちたが、欧米の伸びで補った。
 今冬からは伝統的な木桶(おけ)を使った専用蔵での酒づくりが本格的に始まる。吟醸酒とはひと味違った味わいのある純米酒を造る。「コクがあり力強い、熟成した酒を造りたい」。太田は世界を見据えている。
 福島の清酒を海外にどう売り込むか。県内の蔵元の新たな戦いが始まっている。(文中敬称略)

カテゴリー:福島をつくる-未来への挑戦

「福島をつくる-未来への挑戦」の最新記事

>> 一覧

東日本大震災の最新記事

>> 一覧